家庭*恋*師
「明日は英語でしょ、英和ちゃんと持った?」
「持ってるよ。つか、忘れても南ちゃんの借りるし」
「自分のを使い込むようにしろって何度も言ってんでしょ。それも勉強のうち」
「はいはい」

寮へと向かう帰路は、実際の校舎からの距離よりも長い。

周りの生徒に寮まで行くところを見られぬようにと、正門から出てまるで外出するかのように見せ、大きく遠回りをして裏門からまた校舎へと戻る。特に二人で話し合ったわけでもないが、いつの間にか自然とこのルートを取るようになった。

そしてそれは、下校時間を余計に長くすることになっていた。いつも通りの他愛ない話をするだけの道のり。だが、それは皓太朗にとって心臓に悪いものだった。まるで、ホラー映画でBGMだけが恐ろしくも、まだ画面になにも映っていない時のように不安心を煽る。次の瞬間、何かが崩れるのではないだろうか。そんなことを考えながらドギマギしていれば、いつの間にか寮に辿りついていた。

「ただいまー」

自分たち二人以外、誰もいやしない部屋で彼女が挨拶をするのも、いつも通り。

まず鞄を置いて、律儀に上着をハンガーにかけ、部屋着を持って脱衣所で着替えるという習慣も、いつもと同じように…と思いきや。

上着をハンガーにかけた後、普段ならばクローゼットへと向かう足取りは、未だドアの前で立ちすくんでいる晧太朗に向かって真っ直ぐ。そしてその視線に捕らわれたかのように、晧太朗は一歩も動こうとはしない。

否、これは所謂チキンレースなのかもしれない。先に、視線を反らした方が負ける。そんな気がしていた。

彼の息が南の長い髪を撫でるほどの距離まで近づき、南の細い腕が彼の腰の横を通る。

そして、カチ、と。鍵が閉まる音がした。
< 29 / 35 >

この作品をシェア

pagetop