家庭*恋*師
昼休みまでの時間がこんなに長いと感じたのは、南にとって人生で初めての経験だった。

授業中でも耳に残るのは、あの低くて甘い声。本当に彼がそこに立っているかのように、耳の奥をくすぐる。

楽しみにしてるよ。

期待しているというよりも、脅迫に似たその口ぶりを思い出すだけで背筋が凍ったような、火についたような、言葉にしがたい感覚に襲われる。そしてそんな自分に気づけば、周りに悟られてないだろうかと辺りを見渡し、好奇の目線を感じなければ、またふりだしに戻る。そんなことを繰り返していたので、昼を知らせるチャイムを聞いた途端、どっと疲れが押し寄せた。

「佐久良さん、購買行く?」
「あ、今日はいい。ありがと」

数少ない女子のクラスメート達は、自然とグループを作り、普段は彼女達と購買に行き教室で昼を共にしていた。だが今日は、テスト結果の発表日。順位が張り出された日には晧太朗の経過報告をすることを豪達と約束していた。今日ばかりは、自分のことバカのつくぐらいの律儀さに嫌気が刺す。

重い足を引きずり理事長室までと向かう道のりで、晧太朗のクラスに差し掛かった。今日の放課後、いつも通り彼を迎えに来なければいけない場所。それは自分に課した義務であり、なんとも思っていなかったが、今では憂鬱な気持ちさえある。教室の中の彼に気づかれる確率など皆無であろうが、自然と人の群れの影に隠れながら廊下を渡った。

いつもながら、中にいる人物に不釣り合いの仰々しい扉の前で一息してから、やけに重いそれを押し開ける。

そして。

迎えてくれたのは、先ほどまでの葛藤までをも吹き飛ばすような、騒がしさ。

「南ちゃん!!あっりがとーーー!!!」

いい歳した、しかもかなりでかいおっさんが、扉を開けた次の瞬間南に抱きついていた。
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