家庭*恋*師
「…念のため、に」

説明など必要なかっただろうが、この無表情な相手を挑発するかのように言ってみせる。そしてそれは、思いの外効果的だった。

半開きだった目が見開かれ、それを確認したと同時に、鍵を閉めた右の手首を覆う熱い手。南の手首を簡単に掴んだ大きな皓太朗の手は、そんなにきつく握られてるわけでもないのに、まるで手錠で拘束されたような圧迫感がある。目線は皓太朗から反らさず、彼を見上げたままなので確認は出来ないが、きっと自分の手首など一周半ほどように出来るくらいに長い指。ごつごつとしていて、指の関節が丁度手首の骨に当たっている。その甘い痛みだけでも、おかしくなりそうなのに。

なのに、こいつのこの眼はなんなんだろう。そんなことをぼんやりと考えていた。

先ほどの死んだような眼じゃない。やる気のない眼じゃない。まるで自分が捕食になってしまったように、捕われて、動けない。

今感じているのは、恐怖なのか。期待なのか。それさえもわからなくなるくらい、頭がクラクラする。

「誰かに入って来られちゃ悪いコト、するんだ」

何度聞いても、背筋に響く甘い声。右の手首を掴んだ手を離さないまま、もう片方の手で頬を撫でられる。囁かれた言葉は確かに質問のはずなのに、南にはどうしてもそれが同意を求められているようには感じられなかった。むしろ、結果が変わり得ない事実をただ伝えられているようで。

「俺の好きにできるんだよね」

これは自分で決めたことだ。これは自分にはどうにも出来ないことだ。

まるで真言のように、何度も頭の中で繰り返す。

「じゃさ、南ちゃんからキスしてよ」
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