家庭*恋*師
あんたに何されたってかまうもんか!

彼と彼女の必要十分条件

自分の鼓動があまりにうるさく耳に響くせいで、南はそれが皓太朗にも聞かれてしまっているような気がしていた。

もうここ数週間で日課となっている帰路も、誰もいない自室も、まるで現実味がしなかった。自分の体だというのに別の人間のように不慣れなそれは、平静を装うのに精一杯。心臓の音がうるさすぎて、頭がクラクラとしているような気さえする。

上着をハンガーにかけたところで、一瞬手が止まる。いつもならここで、部屋着に着替えるところだ。だが、これからどうなるのかもわからない今、あまり気を許した格好になるのもおかしいのではないかと迷う。加えて皓太朗はドアの前から動く気配がしない。何かを待っているのだろうか。ここで部屋を後にするよりも、彼の出方を待った方が良いと判断し、体を反転させる。

目線に飛び込むのは、まるで出口を塞ぐようにそこに立ちすくんでいる皓太朗の姿。目はいつものように半開きで、まるでやる気がない。でもどこか試されているようで。負けん気の強い南は、また決意を固めるように下唇を噛んだ。

出来るだけ自然に、足を進める。一歩一歩、皓太朗へと近づく足取りは焦っているように見えないだろうか、そんなことを気にしていた。

そして、彼に触れないように気をつけながら腕をドアノブへと回し鍵をひねれば、カチ、とどこか大げさなくらい大きな音が沈黙を貫く。

まるで合図のようなそれに、南は急に気恥ずかしくなった。どうせ二人しかいないこの特別寮で、鍵まで閉める必要などなかったかもしれないと今更気付き、これでは催促しているように思われるのではないかと急に心配になる。背が頭一個分以上高い皓太朗を見上げれば、彼の表情に変化は見て取れず、それはそれでどこか悔しかった。
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