家庭*恋*師
逃げさせてやりたい、その気持ちは確かにあった。

まだ風呂にも入っていないのに芳しい髪の香が鼻を撫でたその時でさえ、この細い体を壊す勢いで抱きしめたい衝動を抑えることが出来た。鍵を閉めた音を聞いた時だって、彼女の怯える顔さえ見れば、止めてやることだって出来たのに。

なのにどうしてこの女の子は、こんな顔をするんだ。

まるで自分を試すような表情で見上げられて、挑発されて。そこまでされて、逃がせてやる義理などない。

鍵を閉めたその手首を掴めば、今にも折れそうな細さ。確かに、今まで戯れた女の子と相違などない。女の子は弱くて、ずるくて、汚くて、そしてあまりにも綺麗な生き物だ。この子だってそうなのに。

なのにどうしてこの子はこんなに強くいようとするんだろう。どれだけ強く扱えば、壊れるのだろう。

残酷な子供が自分より小さな生き物の命を玩ぶのと同じ。

「じゃさ、南ちゃんからキスしてよ」

彼女が目を見開き頬を染める。その反応、そして普段の彼女の動向から、未経験だというのがわかった。限界は、思ったよりも早い段階でくるか?そう思っていた矢先。

先ほどから噛んだままの下唇から歯を離したと思えば、急に体の向きを変え、掴まれたままの手首を使って皓太朗を乱暴に引っ張った。バランスを崩し、こけそうになっている皓太朗の勢いを使って彼の体を反転させればベッドへと腰掛けさせる。

先ほどまで、胸板までしかなかった彼女の顔が急に近くなり、ぎょっとする。

上から見下ろしていた時はあんなにも有利に感じたのに、体制が変わっただけでこうも変わることに、驚かされた。

「…届かないから」
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