聴かせて、天辺の青


信号が青に変わり、ペダルに足を掛けて漕ぎ出す。


白瀬大橋は渡らずに手前の湾に沿った道を進んでいくと、小さな港が見えてくる。漁船は漁に出ているため、停泊している船は数隻の渡船だけ。


見晴らしのよい港の堤防を横目に見ながら通り過ぎようとして、私は振り向いた。


いつもと違う何かが、視界に映り込んでいる。


渡し船が途切れた向こう側の湾に突き出した堤防の先に、何やら見慣れない黒い物。


あんなところに、何かあったかな?


自転車のペダルから足を離して、ゆっくりと惰性に任せながら堤防の上を凝視する。


縦に細く伸びた黒い影、その天辺がふわりと風に揺れた。


髪の毛だ、人の頭。
堤防の上に、誰かが立っている。


あんな所にいる人といえば、たいてい釣りをしている人。


だけど、手に釣り道具を持っているようには見えない。足元にある黒い塊を見ても、釣り竿でもクーラーボックスでもない。


あれはどう見ても、拉げた小振りのボストンバッグ。


何も持たない手が、ぎゅっと握り締められたように見えた。

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