あなたが教えてくれた世界
恐らく、彼女が泣いていた時に、縋りつくように握り込んでいたその名残だろう。
眠りについても尚離さないほど強く握っていたのかと思うと、形容しがたい気分に陥った。
「オリビア……」
そう名を呟きながら、ハリスはオリビアの手に自分のそれを重ね、静かに引き剥がす。
優しく手を下ろしてから、布団を掛けた。
「…………」
用は済んだ。けれども離れがたくて、ハリスはベッドの横にあった椅子に腰を下ろして、オリビアの寝顔を見下ろした。
──こうして、彼女の寝顔を見るのはいつぶりだろうか。
穏やかな寝顔を眺めながら、ハリスの思考は自然と、幼い頃の回想へと向かっていった……。
* * *
彼らが初めて出逢ったのは実に十四年前──つまり、オリビアが四歳、ハリスが五歳の時であった。
当主代理であるアルコン夫人に怒られて家から締め出されたハリスが、家の裏の林を途方に暮れて歩いていたときである。
「……っく……ひっく……」
突然、奥から小さなすすり泣く声が聞こえてきて、幼い彼は飛び上がった。
何となく足を急がせて、声のもとへと向かう。直感のようなものが、そこへ行くべきだと訴えていた。
少しすると開けた場所に出て、同時に、泣き声の主も視界に飛び込んでくる。
それは、彼が今までに見たことのない銀色の髪をした、粗末な服装の同い年くらいの女の子だった。
「……どうしたの?」
彼は驚きつつ、優しく声をかける。
ところが少女は、声にぴくりと反応すると、全く予想外の反応をした。
「……!み、みたの!?」
怯えた小動物のような目をした彼女は、質問の意味がわからなくて呆然とする彼に振り向くと、ぱっとフードを被って一目散に駆け出してしまった。