みだりな逢瀬-それぞれの刹那-
その空間はとても静かで穏やかだったものの、親に愛されていないという事実が私と弟の心に虚しい時を刻ませていた。
また滅多に帰らない父だったけれど、家に寄れば私たちにそれなりの愛情を示してはくれた。
でも、結局のところ桔梗谷”の名の心配をしていたのかもしれない。
とはいえ、厳しくも優しい家政婦さんの躾と教育のお陰で、普通の感覚を持って育つことが出来たと思う。
今の私は普通にOLとして、弟はシンガポールでそれぞれ勤めているのだから。
恨んだ時期もある両親は、ある種の反面教師だったと今は素直に納得している。
跡継ぎのため家柄同士の政略結婚をした両親も、“桔梗谷の名”の被害者だと気づいてからは……。
「――透子?どうした?」
「あっ、ごめん。ちょっと会社であったこと思い出して」
右手の薬指に填まっているピンクゴールドのリングを見つめていると、呼び掛けられてハッと我に返る。
「また告白されたとか?」
「違うよー。叶ひと筋だもん」と、笑いながら茶目っ気たっぷりに返した。
「知ってる」
小さな笑い声が受話器越しに聞こえ、その優しい声色にホッと安堵させられる。