奪取―[Berry's版]
 絹江の言葉が、身体に染み渡るようだった。喜多は思う。俺は、忘れなくてもいいんだ、同じ考えを持った人がここにいるのだから、と。今まで、隠せと言われ続けた傷口を、優しく、撫でられた様に感じられたのだ。
 いつしか、喜多は絹江に信頼や尊敬と言える友情に近い感情以上のものを抱いていた。だが、その思いを告げられることもなく、叶うことなく。絹江は喜多の元をふらりと去ってしまった。そして、喜多は諦めたのだ。歯を食いしばり、伸ばそうとした腕を押し留めた。
 しかし、再会した今、胸の内に残る熱が燻る。手放したと思っていた情熱が、いまだ自分の胸の中にいたのだ。

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