奪取―[Berry's版]
 鏡の前に立ち、全身を確かめる。半襟を撫で、折り返した手先と帯締めの位置を確認する。お太鼓の垂れをひと撫でして。ショートカットの襟足から首筋、衣紋のラインを確認し、一度頷く。これで、本日の絹江の出で立ちが完成だ。

 高校を卒業し、絹江は疑問を抱くことなく大学へ進学した。人生最後の学生生活を満喫しながら、卒業までの4年間に何かしら人生の目標を見つけられたら幸運だ。その程度の考えで。甘い考えではあるが、周囲を見渡しても似たり寄ったりの意見の仲間が多く居たのも事実だ。絹江だけが特別だったわけではない。逆に、卒後を見据え、明確な夢を追い進学した。そんな学友の方が稀だった。
 しかし、そのひとりの稀な友人に出会い、影響を受け、絹江の人生は大きく変わることになる。それは――『着物』であった。

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