富士山からの脱出
噴火
翔は愛車を運転しながら「快晴、ホテルが見えてきたぞ!」
「えっ!どこ、どこ」
「ほら、左側に大きな建物が見えてきただろ。あれが予約したホテルだ」
「早く温泉に入りたいな~」快晴が嬉しそうに言う。
昨年できたばかりのホテルは5階建でとても奇麗な外観をしている。

翔は駐車場に愛車を止めてから
「快晴、喉が乾いたよ?あそこの自販機で飲み物を買ってきて」
「お父さんは何を飲む?」
「お茶が良いな!」
「お母さんは?」
「富士山の水!」
「分かった、買ってくるよ。お金は後で頂戴ね」
翔が車から手荷物を降ろしているところへ快晴が戻ってきた。
「はい、これで良いね」
翔と千夏が「ありがとう」と言いながら飲み物を受け取る。

快晴は花壇の淵に腰を降ろして"富士山の水"を飲んでいる。
「快晴、お前も"富士山"の水を買ったのか?」
「えへへ!富士山を見ながら"富士山の水"を飲むと美味しいよ」
「そうかもな。俺にもちょっと飲ませてよ」
翔が快晴から”富士山の水”と受け取ろうとした時、
「ちょっと待って!地震?」快晴が真顔で言う。
「感じないぞ」翔は揺れを感じていない。
「座っているから分かるのかな?地面の下から小刻みに突き上げる感じなんだけど」

快晴がペットボトルのキャップに水を入れ、地面に置いて揺れを確認している。
翔がキャップを覗き込みながら「本当だ!波紋が出来ている!」
(本当に揺れているんだ!)
「お父さん、iPhoneが使えないよ!アンテナマークが増えたり減ったりで酷いよ」
翔も自分のiPhoneを確認すると同じ状態だった。
ついでにコンパスアプリを起動してみると、完全にグルグル回ってしまっている。
(地震と地磁気の異常に電波までが混乱している!)
(何かが起ようとしているのかも知れない)

もう一度キャップの水をみると波紋が大きくなっている。
「きた~!!」
突然、地面からの突き上げが大きくなった。
一度、二度、三度、グンッという突き上げがどんどん大きくなった。
「ここは安全だからしゃがめ!」
翔は姿勢を低くしながら、祈るように富士山を見上げた。

その時だ!
富士山の山頂が赤く染まった。
遅れて"ド~ン"という音と衝撃波が三人を襲う。
(噴火した)快晴は驚いた。
(大規模地震が発生していないのに突然爆発するなんて!)
もう一度、富士山を見ると山頂からオレンジ色の火柱が上がっている。
そして"ドド~ン"。
今度は灰色と白色の煙が上空へ舞いあがった。

「ホテルへ入れ!」翔が叫ぶ。
三人がホテルに向かって走ろうとした瞬間である。
上空から飛んできた大きな岩がホテルに激突した。
「危ない!」翔が反射的に叫ぶ。
伏せた顔をあげると、ホテルの最上階の一部が倒壊し炎が上がっていた。
「車へ戻れ!」
三人のまわりにも大小の岩がどんどん降り注ぎ始めている。
車までは10メートルも無い。
三人は車だけを見つめて走った。
車のドアに手を掛けた瞬間!
今度はもう少し甲高い爆発音が鳴り響いたが振り向く余裕はない。

翔が愛車に乗り込むときに偶然、富士山が視界に入った。
(あれは?)
灰色の雲が塊になって、こちらに向かってくるではないか!
「急げ!火砕流だ!ここは危ない」
ドアを閉めると同時に愛車を急発進させる。
「シートベルトを付けろ!」
叫びながら富士山から遠ざかる方向へ急いだ。
その間にも拳から顔ぐらいの大きさの岩が降り注いでる。

「快晴、後ろから来る火砕流を見てくれ」
快晴は後ろを振り返ろうとしたが、シートベルトが邪魔で無理だ。
「お父さん、シートベルトをしているから見えないよ」快晴が泣きそうな顔をして言う。
快晴の言葉が終わらないうちに"ガンッ!"
ボンネットに空から降ってきた石が当たってボンネットを凹ませた。
(こんなのが人にあたったら・・・・)
「快晴、iPhoneのカメラをインカメに切り替えて、映像で後ろを見ろ!」
iPhoneには自分を映すためのレンズが液晶側にも付いている。
「分かった!」

その時、千夏が叫んだ。
「大変!前を見て!人が倒れている」
翔が急ブレーキを掛けると同時にシートベルトがロックされる。
「千夏!助けよう」
千夏が車から降りて倒れている人の様子を見る。
「女の子だ」
翔も駆け寄った。
「車に乗せるぞ」
二人で女の子を後部座席に押し込んで車を発進させた。

「お父さん急いで!煙が近づいてくる!」
翔は気づいていないが、火砕流が10キロメートルのところまで迫っていた。
火砕流の速度が時速100キロなら飲み込まれるまでは6分だ。
翔の愛車は最高時速が200キロを超えるので逃げ切れるかもしれない。
「分かった」翔が愛車を急発進させる。
千夏が後部座席からスピードメーターを覗きこむと150キロだった。
(ちくしょう!ダメだっ!)
翔は50キロまでスピードを落とした。
道路には大小様々な石が転がっていてスピードを出すことができない。
(追いつかれる!)翔は唸った。

その時、林の切れ目から大きな建物が見えた。
(あそこに逃げ込もう)翔は覚悟を決める。
翔が見た建物は自衛隊の駐車場だった。
この道路の右側は陸上自衛隊の演習地である。
"立ち入り禁止"の看板を躊躇なく突破して演習地に車を進める。
「お父さん、煙が近づいてる!」
(分かってるよ!)翔は声を出さずに返事をする。
建物まで500メートルまで近づく。
火砕流が真後ろまで迫った。
「千夏!快晴!この建物に入るぞ!準備をしろ!」
愛車は建物の入口まで辿り着いた。
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