富士山からの脱出
地磁気
林に囲まれた直線道路を進み、小高い丘が見えるとそこがFISCOだ。
車はT字路を左に曲がり入場ゲートへと向かう。
「FISCOに着いたぞ」
「前を見ていれば分かるよ~」快晴が苦笑いをしながら応える。
入場ゲートをくぐり、左へ曲がるなだらかな登り坂を進むと左側にレーシングカート専用コースが見えてきた。
翔はコース脇に止め、愛車から降りて背伸びをしながら富士山を眺めている。
「大きい富士山だな~快晴」
「ここまで来ると本当に大きく見えるね」快晴も納得だ。
富士山の美味しい空気を思いっきり吸い込んで元気が出たようだ。

三人はコース脇まで進み、走っているカートの音を聞いている。
「お父さん、結構良い音だと思わない?」
「タイヤも良い感じに見えるし、まずは乗ってみようか?」
「賛成!」快晴は直ぐにでも乗りたいみたいだ。
「千夏、カメラと三脚はここに置いたから録画頼むね」
いつものことであるが、Youtubeにアップする動画を録画するのだ。

翔と快晴は受付へと歩いている。
黄色いスタッフジャンバーを着ている係員に、
「2名お願いします」と伝える。
「お子さんの年齢は?」係員が聞いてきた。
「15歳ですが、カートのA級ライセンスを持っています」
快晴がJAFライセンスを係員に見せる。
「それなら大丈夫です。2名ですね。準備が出来たらお呼びします」

二人は呼ばれる間にヘルメットとグローブを物色している。
「快晴、最初はゆっくり飛ばせよ」
「何それ、ゆっくり速く走れってこと?」
「気持ちに余裕をもって早く走れってことだ!」
「分かってるよ」
「2名様、こちらへどうぞ」係員が翔と快晴を呼んでいる。
二人は用意されたマシンに乗り込んだ。
前方では係員がフラッグを持ってコースインのタイミングを見ている。
フラッグが振られると同時に快晴がコースへと入る。
続けて翔もコースインした。

翔はカートのコンディションを確認しながら1周目を走っている。
(これなら最高速度は50Kmぐらいだろう)
快晴の後ろまで追いついた翔は快晴の走りを観察している。
(随分と上達したな)
最終コーナーでビデオカメラを構えている千夏を見つけて指先だけを上げてサインを送る。
二人は徐々に車速を上げて3周目に入った。

その時である。
(あっ)
翔の前を走っていた快晴がカートをスライドさせながら激しくウォールに激突した。
翔は車速を落として快晴の横を通り過ぎる。
(大丈夫だろうか?)
コースを走りながらも目線は快晴に向けている。
すると、快晴が慌ててカートから降り、コースを駆け出してくるではないか。
(あの馬鹿!)
ピットからも係員が飛び出して赤旗を振っている。
翔はカートをピット入口で停止させ、カートを直ぐに降りた。

駆け寄ってくる快晴に、
「おまえ、何しているんだ!」
二人の係員も形相を変えてすっ飛んで来る。
「お父さん、熊だよ」快晴の顔から血の気が引いている。
「えっ!熊。どこに?」
「あそこを右から左に走っていった」
血相を変えた係員が詰め寄ってくる。
「コースを歩くなんて危ないじゃないか!ちょっとこっちまで来てください」
快晴と翔は係員と一緒に受付がある事務所まで歩いて行く。

事務所に入った二人は係員の小言を遮って熊のことを説明した。
係員は「見間違いじゃないの?」
「違うよ。間違いない」快晴はきっぱりと言う。
そこに千夏が入ってきた。
「快晴、怪我はしてないよね」
「あのくらい大丈夫だよ」ピョンピョンと跳ねて見せる。
「それにしても、大きい熊だったね」千夏が言う。
「千夏も見たのか?熊を・・・」
「ビデオに写ってると思うよ」千夏がビデオを再生する。

係員を含めた全員で小さなビデオカメラの液晶を見つめている。
「ここ!」千夏が再生を止めた。
画面に写る快晴の奥に黒い物体が写っている。
「2頭いる」係員が驚いている。
熊が山から下るように走っているのが写っていた。
「ほら~本当の事でしょ」快晴が怒って言う。
「疑って申し訳ありませんでした」
「状況が確認できるまで中止だ」係員が全員に伝わるように宣言する。

三人は急いで愛車へと戻った。
「外にいたら熊に食われちゃうよ」快晴が熊がいたところを見ながら呟く。
「お父さん。こんなところに熊が出るなんて、これも地震に関係あるのかな」
「どうだろうな。難しいことを考えるのはやめよう」
「それにしても、慌ててカートから飛び出した快晴の格好は笑えたぞ」
「お父さんだって気づいたら絶対に慌てるよ!」
「ちゃんとビデオに写っているからYoutubeにアップしてあげるよ」
「絶対だめ~!そんなことしたら不良になってやるから」
三人で笑っているところへ、係員が駆け寄って来た。
「すみません。先ほどの熊の行方が分からないので、この辺は立ち入り禁止なるそうです」
このまま帰りたくない翔は、
「グランドスタンドとかも立ち入れないのですか?」聞いてみた。
「強制はできませんけど、危険ですので」係員としては帰って欲しいのだ。
「分かりました。ありがとうございます」
係員が受付小屋へ戻って行く。

「快晴どうしようか?早いけどホテルで温泉に入ろうか?」
「そうだね。箱根では朝風呂に入れなかったからそれでも良いよ」
「千夏も温泉で良いか?」
「私は美味しい物が食べられればどこでも良いよ」
翔はカーナビの目的地を"観光ホテル須走"にセットした。
カーナビとして使っているiPhoneの画面には目的地まで20分と表示されている。
「それじゃ出発だ」
愛車は来た道を戻るように坂道を下って東ゲートまで戻る。

FISCOを出て右へ曲がったところで快晴が異変に気付いた。
「お父さん、カーナビが壊れてるよ」
「壊れてるって?どんな風に?」
「地図の向きが右を向いたり左を向いたりで、見ていると目が回りそう」
「携帯の電波が悪いのかも」翔が適当に答える。
快晴が何か考えてから、
「電波の異常なら車の位置がずれる筈だけど、位置は正しいよ。向きが狂ってのかも」
快晴が自分のiPhoneを操作しいる。
そして、「やっぱり向きだよ。」
「何でそんなことが分かるんだ」
「iPhoneのコンパスアプリを起動してみたら、これもぐるぐる回ってる」
「本当か快晴!」
「うん」

翔は車を止めて確認しようとしたが山道なので気軽には止められない。
ホテルまでの中間に来たところでゴルフ場の入口を見つけた。
「快晴、車を止めるからちゃんと確認しよう」
「分かった。3台のiPhoneのアプリを起動してみるね」
翔は愛車をゴルフ場の駐車場に止めた。
iPhoneには”3軸デジタルコンパス”が使われており、前後、左右、上下の地磁気を感知する高性能な仕組みである。
翔と千夏は快晴からiPhoneを受け取り、画面のコンパスを見ている。
「千夏のコンパスはどんな感じ?」
「私のは北が右に行ったり左にいったりだよ」
「俺のも同じだ」
翔は快晴のiPhoneを覗き込みながら「快晴も同じだ」
快晴が「変だよね。1台の故障じゃないから本当に地磁気が歪んでいるのかも知れないよ」
(青木ケ原の樹海なら有り得るけど、ここは違う!)翔は考える。
「お父さん、富士山の地下で何かが起こってるのかも!」
「うん」
「とりあえずホテルまで行って情報を集めよう」
空を見上げると、たくさんの鳥が海の方角へと飛び去って行った。
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