富士山からの脱出
富士山との再会
大きな衝撃音がしてから15分は経ったであろうか。
下の階から少しづつであるが明かりが上って来る。
快晴と香織が下の階から戻って来たのだ。
「何も無くて行き止まりだったよ」快晴が明かりを灯しながら言う。
「お疲れ。座ってひと休みしなよ」翔が二人を労った。
その間もド~ン、ドガ~~ンッ!
噴火の音と地鳴りが続いているが誰も気にする者はいない。
人とは凄いものだ。4人はこの状況に順応してしまったようである。
生きるためには怖がってばかりではいけない。怖がらずに前へ進むことが大切なのである。

「お父さん、暑くなったね」快晴がハンカチで汗を拭きながら言う。
「外の影響かな?ドアも熱くなっているからな」翔がドアを見つめる。
当然である。押し寄せて来た数百度の火砕流によって閉鎖空間が温められているのだ。
階段内の温度は40度を超えようとしていた。
「少し休もうよ。こんな時に体力を消耗するのは危険だからさ」
そう言いながら快晴が地べたに横になった。
「そうだな!寝るか」翔も横になってしまった。
千夏と香織もあきらめて横になる。
快晴は全員が横になったことを確認してからiPhoneの電源を切った。



翔は腕の痛みを感じて目を覚ました。
(どのくらい寝ていたのだろうか)
右腕からズキズキとした痛みを感じるが暗くて傷を見ることができない。
上体を起こして壁に寄りかかる。
(静かだ!)
富士山は膨大な量の噴煙と噴石を撒き散らして満足したのかも知れない。
今は噴火を休んでいる。
真っ暗な中で翔だけが佇んでいる。
(早くここから脱出しないと危険だ。水も食糧も無い)
(まずは外の様子を知ることが先決だな)
(それにしても喉が乾いた。水が飲みたい)
喉が乾くのは当然である。
火砕流の熱が容赦無くまわりの温度を上げるため50度に近づいているのだ。

「お父さん、起きてるの?」快晴の声だ。
「ああ、それにしても暑いな」
「まるでサウナだね。でも、これ以上暑いと耐えられないよ」
「それでも今は耐えるしかないな。快晴、頑張ろう」
翔と快晴の会話に気付いたのか、千夏と香織も目を覚ました。
「今何時」千夏が聞くと快晴がiPhoneの電源を入れて答える。
「夜中の3時」
7時間以上も寝ていたのだ。
「何度も起きたけど寝るしか無いしね」顔は見えないが香織は笑っているようだ。
「香織ちゃん、大丈夫?」千夏が気遣う。
「暑いけど何とか大丈夫です」

「ちょっと静かにして。サ~~~ッて音が聞こえない?」快晴が会話を遮った。
4人が静かに聞き耳を立てる。
「本当だ。聞こえる」香織が答えた。
その音が段々と強くなるのを全員が感じた。
「もしかして、雨?」快晴が弾んだ声で言う。
富士山の南側から低気圧が近づいて来たのだ。
大雨を降らせるほどの雲では無かったが、噴煙と混じることで雲が成長し今では大粒の雨を降らせている。
「少しは温度が下がるかなぁ」快晴の声が明るくなったの感じる。
「快晴、ドアノブを触って温度を感じてくれないか。火傷をしない程度にな!」
快晴は翔の指示に従ってドアに近づき、指先でドアノブを軽く触った。
「熱っ!」
「まだ熱いよぉ」

雨は降ったばかりなのだから当然である。
「その熱さからどのくらい下がるかが基準だからな。覚えておいてくれよ」
「分かった。温泉卵の温度ぐらいだったよ」快晴が例えて言う。
「70度か、結構熱いな」
4歳から料理をしている快晴にとっては何事も料理が基本なのだ。
ちなみに温泉卵は黄身と白身の固まる温度差を利用して作ることが出来る。
70度の温泉で茹でると半熟の温泉卵を作ることが出来るのだ。
「それじゃ温泉卵が出来るまで寝て待つか!」
翔が冗談を言うと快晴が「お腹が減って、もう寝れないよぉ」
「そう言わずに頑張ってくれよ」翔は横になりながら答えた。



朝になり日差しが差し込んできた。
「お父さん起きて」揺すりながら翔を起こす。
「どうした?」
「お父さん、明かりが見える!」
快晴が指さす方向を見ると上階の階段に朝日がこぼれている。
千夏も香織も起き上がり、影が出来ている方向を見つめる。
「僕見てくる!香織ちゃんも行こう!」
二人は階段を駆け上がって行く。
快晴達が見たのは噴石で破壊された屋上の入口であった。
屋上には階段への入口となる小さな建物があったのだが、噴石の直撃によって建物だけが薙ぎ倒されたのである。
3階から屋上への階段を上るとそのまま駐車場に出ることが出来てしまった。
「快晴君、空が見えるね」
「富士山も見える。何か懐かしさを感じない?」快晴が富士山を見上げながら答える。
二人の目の前には青空に映える富士山がそびえている。
昨日までと違うのは山頂から膨大な量の煙が立ち上っていることだけであった。
「早くお父さんに知らせよう」
二人は外の空気をいっぱいに吸い込んでから階段を下りて行った。
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