富士山からの脱出
噴石
翔は傷を負っているが無事だった。
火砕流が襲ってきたとき、その風圧で扉が閉まり四人は飛ばされたのだ。
扉の向きが風圧に押されて閉まる方向だったのが幸いしたのである。
もし扉の向きが逆であったら全員が火砕流に飲み込まれていたことだろう。

「お父さん、大丈夫?」ライトの明かりを当てながら聞く。
「分からない」翔は痛みを感じているが自分では分からないらしい。
快晴が翔に明かりを照らしながら傷の具合を見ている。
「まぶたの上が3センチぐらい切れてるね。あとは・・・」
「右腕が真っ赤になって腫れているよ。火傷みたいだ!」
扉が閉まる一瞬であったが、火砕流の熱波が翔の右腕を襲ったのだ。
「手当する物はないかなぁ。火傷なら冷やしたいよね」快晴がポケットを探りながら言う。
千夏が残念そうに「全部、車に置いてきちゃったね」
「取りに行こうよ」無謀なことを言う快晴を千夏がなだめる。
「さっきドアノブを触ったら熱かったでしょ。だから、外には出られない」

「快晴、今は我慢するよ。俺のことよりも状況を整理しよう」
「分かった。扉の近くよりもこっちの方が安全かもね。」快晴が指揮を取っている。
「香織ちゃ~ん!こっちへ下りて来れる?」快晴が大きな声で聞いた。
「大丈夫です。直ぐ行きます」返事をしながら香織が下りくる。
快晴は下から上に向けて明かりを照らしている。
香織がその明かりを頼りに一歩づつ下りて来た。

「はじめまして、藤代香織です」翔の顔を見ながら挨拶をする。
「矢橋です。怪我は?」
「パパさんほど酷くはありません。かすり傷だから大丈夫です。助けて頂いて有難うございました」
「良かった。快晴も千夏も大丈夫なのか?」
二人は無言で頷く。
「それじゃ、みんな座ってよ」やはり快晴が仕切るらしい。

快晴が状況の説明を始めた。
「まずは今の時間だけど、日曜日の14時」
「ここは立体駐車場の3階で通路用の階段の中」
「外は・・・きっと、火砕流があるよ。ドアノブのが熱いからね」
快晴がiPhoneを見つめながら
「携帯電話の電波は圏外」快晴は無くしたiPhoneをいつの間にか見つけていた。
「僕の携帯電話の電池は残り80%。お母さんのは?」
「残りは、え~と、60%」
「香織ちゃんのは?」
「私のも60%です」香織の携帯電話はSHARP製のガラケーである。
「俺のiPhoneは車の中だ!」翔が残念そうに言う。

「電池は大切だから、二人の携帯電話は電源を切って良いよ」
千夏と香織が携帯電話の電源を切るとまわりが暗くなった。
明かりに近付かないと、隣の人の顔も見えない程である。
「暗いけど我慢してね。狭い場所だからこれで十分だよ」
心細さを打ち消すように快晴が明るく言う。
「次は食糧だけど、何か持ってる?」快晴が全員に聞いてみた。
千夏が「飴がいち、に、さん・・・全部で8個ある」
香織は「カバンになら飴もチョコもあったけどカバンは無いし」
「お父さんは?」
「あははは・・・無いっ!」
「僕も無い。全部で飴が8個だけか」快晴の顔が辛そうである。
「飲み物を持っている人は?」快晴が聞くが、しかし誰も返事をしない。

「この建物の中に何かあるかな?」快晴が期待を込めて言う。
「僕が1階まで下りて見てくるよ。みんなはここで待っていて!」
快晴が階段を下りようとしたところで
「快晴、一人じゃ駄目だ!」翔が止める。
快晴が振り向きながら
「そうだね、こういう時はパートナーと一緒に行動するのが基本だよね。香織ちゃん一緒来てくれる?」
「はい」返事をしながら香織が立ち上がる。
二人は暗い階段を一歩づつ下りて行く。

翔と千夏は3階に残された。
「大変なことになったな」壁に寄りかかりながら千夏に声を掛ける。
「きっと大丈夫よ。いつも力を合わせて乗り越えてきたでしょ。快晴もしっかりとしているしね」
「頑張ろうな!」翔は優しく答えながら、先のことを考えていた。
(問題はここから出られるかだな!)
(火砕流が4階まで積っていたら絶対に出られない)
(凄い高さに見えた火砕流だけど、上の方は巻き上がる煙りだから大丈夫)
(あとは火砕流の熱が問題だ。雨が降ってくれると助かるけどなぁ)

コツッコツッという足音だけが聞こえる静寂を破るように突然!
ゴォ~~~ドン!ド~ン!ド~~ンッ!
再び富士山が噴火したのだ。
地面が揺れているが驚く程の揺れでは無い。
「快晴!大丈夫か~!」下に向かって翔が大きな声を出す。
下から声が返って来たが、噴火の轟音で聞き取ることが出来ない。
ド~ン!ド~ン!
続けて2回爆発音が聞こえた。
そして数秒後。
バシャバシャバシャ~!
大きい雨粒が降ってきたような音だが、小粒の噴石が降り注いでいる音だ。
ガンッ!ゴンッ!ゴンゴンッ!
音がするだびに建物が揺れる。
大きな噴石が駐車場を直撃しているのだ。
(駐車場が壊れそうだ)翔が思った瞬間である。
ドガ~ンッ!
凄まじい轟音と共に屋上部分の階段入口に大きな噴石が直撃してしまった。
(快晴、大丈夫か!)翔の声はかすれて出ていない。
誰も気づいていないが、屋上の階段入口は跡形もなく吹き飛ばされていた。
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