富士山からの脱出
大涌谷
臨時観光駐車場と書いてある駐車場に愛車を停めて商店街に向かて歩いた。
「へい、いらっしゃい。駿河湾で獲れた新鮮な魚だよ」
美味しそうな干物が網で焼かれて周辺に良い香りが漂っている。
香りに釣られて翔が焼き立ての干物の味見をする。
「旨い!快晴も食べない?」
「いらないよぉ。もっと先に進もうよ」
「へいへい」

三人はなだらか坂を上るように商店街を歩き出した。
坂の中腹にあるまんじゅう屋まで来たところで千夏が立ち止まった。
「千夏。何かあった?」
「お店の中のテレビを見て!河口湖の水が・・・・」
翔と快晴がお店の中に入ってテレビから流れるアナウンサーの声に聞き入る。
(河口湖の水位が7メートルも下がり、湖の中にある六角堂まで歩いていける状態です。湖の水温が上昇しており・・・・)
「お父さん、やっぱり異常じゃない?」
「普通なら考えられないよ。湖の水位が一気に7メートルも下がるなんて」
「もっと、山の上に行ってみようよ」
「え~朝ご飯はどうするのよ」と言いながら千夏が怒っている。
「大涌谷のレストランで休憩するからちょっとだけ我慢してくれ」
三人は愛車に戻り、車を大涌谷に進めた。



三人は大涌谷のレストランに入り、富士山が見える窓側の席に座った。
「あの富士山の雲、エクレアに見えない?」
快晴が富士山に指を向けて言う。
翔が笑いながら、「お腹が空くと何でも食べ物に見えるんだよね」
「富士山がプリンに見えないうちに早く注文をしよう」

三人でメニューを覗き込みながら、
「俺は名物の黒カレーだな」
「僕は、う~んと・・・地鶏の照り焼き丼にする」
「私は鶏ときのこの蕎麦、それとホットコーヒーが飲みたい」

お好みの料理を注文して翔がコップの水を飲み干す。
「快晴もちゃんと水分を補給しろよ」
それには答えず、快晴の顔が突然真顔になった。
「どうした。快晴?」
「お父さんこれ見て!このコップ」
「コップがどうした?」
何の装飾も無い透明なコップを眺める。
翔がコップを眺めていると快晴が、
「コップじゃないよ。コップの中の水を良く見てよ」
「水?」

翔の顔も真顔になる。何かに気付いたみたいだ。
「もしかして、揺れてるのか?」
コップの中の水に波紋が浮かんでいる。
「そうだと思うよ」
「テーブルが揺れているからかも」
快晴がコップを床に置いた。
「どうだ?」翔が心配そうに聞く。
「やっぱり波紋ができるよ。これが火山性微動なのかな?」
「きっとそうだよ」
「箱根山って噴火したことあるの?」
「記憶には無いけど、この下にマグマが流れていることだけは確かだね」



三人はレストランを出て小高い丘の上にある展望台に向かった。
そこから見えるのは、地表から吹き出す火山ガスである。
「凄い勢いのガスだね。これって有害なの?」
「硫化水素や硫黄が含まれているから有害だよ」
「う~ん」返事をしながらもiPhoneで何かを検索している。
その間にも地表からは火山ガスが絶え間なく吹き出して白い煙を巻き上げている。

「これを見て!」快晴がiPhoneの画面を見せながら説明する。
「これは2000年頃の同じ場所の写真だけど何かが違うと思わない?」
「どれどれ」翔が目を細めながらiPhoneを覗き込む。
「確かに違うね。季節が違うのかも」
同じ場所から撮ったiPhoneの写真には緑の植物がたくさん映っている。
「2000年の9月だから季節は一緒だよ」
「だって今は植物なんて見えないよ。これも理由があるのかな?」
快晴は違和感を拭えずにiPhoneを睨んでいる。

「おーい、翔、快晴!こっちだよ~」
丘の下から千夏が叫んで手招きをしている。
「今から降りて行くよ」
「黒たまごを買ったからみんなで食べよう」
黒たまごは大涌谷の温泉で作った名物の茹で卵である。
休憩所で黒たまごを食べながら「やっぱり名物は食べないとね」と翔は嬉しそう。
しかし快晴だけは不安でいっぱいの顔をしていた。
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