富士山からの脱出
釣り堀
快晴が流れる景色を眺めながら「次はどこに行くの?」
「千石原にある釣り堀に行こうよ」
翔が愛車を運転しながら答える。
「美味しい鮎が食べられるぞ」
大涌谷と仙石原は隣町である。車を10分進めると
「ほら、看板が見えてきたぞ。仙石原キャンプ場だ」
「この中に釣り堀があるらしいよ」
「何匹釣る?」快晴の目が少しだけ輝いたように見えた。
「やっぱり、一人一匹だよ。二匹だと喧嘩になるからね」

車を広い駐車場に停めて、山を下るように歩いている。
木々の緑を楽しみながら歩いていると・・・突然。
「きゃぁ~」千夏の声だ!
「どうした!」翔が後ろを振り向くと千夏が後ずさりをしながら遠ざかって行く。
千夏が指を差しながら「そこを見て!」
指が示す方を見ても大きな木が一本生えているだけだ。
冷静になった快晴が一歩づつ近づく。
そして、木の根元を見て「何これ!」
「お父さんも見てよ」

翔が早足で近づく。
(何これ!嘘だろ!)
「快晴、この大群を何だと思う?」
「ミミズ・・・だよね」
そこには数千匹にも見えるミミズが太いロープのように山の中まで続いている。
「これも地震の影響かな」
「地面の中が熱くて外に出てきたとか?」
必至に考えるが翔も分からない。
「とりあえず受付まで行って考えよう」
三人は後ろを振り向きながらも道を下って行った。



黄色い屋根の小さな小屋が見える。
「もしかして、あそこが受付かな?」快晴が歩きながら聞く。
「分からないけど行ってみようよ」
近づくと”サービスセンター”と書いてある。
ドアを開けるとチリンチリンと鈴の音が鳴った。
「こんにちは、釣りをしに来たのですが」
奥から麦わら帽子を被った若い女性が出てきて、
「いらっしゃいませ。竿は何本用意しますか?」
翔が「一本で良いです。釣った魚は食べられますか?」
「塩焼きかフライにして食べることができますよ」
「塩焼きだよね」快晴が最初から決まっているように答える。

翔が先ほどのことを聞いてみる。
「坂道の途中に凄い数のミミズを見ましたが、いつもいるのですか?」
麦わら帽子の女性は顔色も変えずに、
「またですか!10日程前からなんですよ」
「どこかに相談した方が良いと思いますよ。数千匹はいましたよ」
「えっ数千匹?」麦わら帽子の女性の顔色が変わった。
「そうです、数千匹です」
「場所は駐車場の方に戻った右側ですよね」
「そうですよ。大きな木の根元から山の方まで続いてましたけど」
「ありがとうございます。後で見てきますね」
「釣り堀は30メートル先にありますので、係員にこれを見せてください」
翔は小さなレシートを受け取った。



釣り堀には瓢箪型をした池がひとつだけあった。
翔は係員にレシートを渡して釣竿と餌を受け取る。
「それじゃ!じゃんけんで順番を決めるぞ」
(ジャンケンポン)大きな声が山々に反射して木霊する。
勝ったのはいつも通りに快晴である。
「決まったな。最初は快晴、次は俺、最後に千夏だ」
「快晴、大きいのを釣れよ!」

慣れたものである。針に餌を付けてヒョイッと水の中に入れる。
大きいも小さいも選ぶのは鮎の方である。快晴には関係ない。
「キタ~ッ」と叫ぶと同時に竿を上に上げる。
「早く~」翔が玉網を伸ばして鮎を網に入れた。
「早かったな」
「はい、次はお父さんの番だよ」

快晴から釣竿を受け取り「もっと大きいのを釣るからな」
同じようにヒョイッと水の中に入れると直ぐに魚が食いついた。
「落ちろ~」魚が小さかったので思わず叫んだが、
魚は翔の意志に反して、快晴が差し出した玉網に収まってしまった。

「千夏、最後だからビックな鮎を釣ってくれよ」と言いながら餌を付けた釣竿を渡した。
千夏は池の反対側に回り込んで竿を降ろした。
「どうしたの?」なかなか釣れないので快晴が声を掛ける。
「場所が悪いのかなぁ。やっぱり、そっちに行くね」
場所を移動して、もう一度釣竿を降した。

その時である。
(バシャバシャッ)
鮎が池の中から音を立てて飛び跳ねた。
数匹では無い。池の中の全ての魚かと思うほどの数である。
翔と千夏は驚いて動けず、じっと見ているだけだ。
快晴だけは、池から淵に上がった魚を捕まえては池に戻している。

釣り堀小屋からハッピを着た係員が出てきて、
「こら~何しただぁ」
池では大量の魚が跳ねている。
その横では快晴が必至に魚を池に戻している。
確かに異様な光景である。

「いやぁ~魚を釣っていたら突然・・・・」それを言うのがやっとである。
「そんなことながぁ」係員が言う。
鮎を戻し終わった快晴が近づいてきて「見てたけど何もしてないよ」
「こんなに沢山の鮎が跳ねるのって今までは無かったの?」
「ねぇっ」(無いということらしい)
「それなら地震のせいだよ」
「坂の上にも沢山のミミズが這い出していたし」
「河口湖の水位も下がってるし」
「地震もずっと続いてるしね」
「異常なことがいっぱい起こっているから」
快晴が自分の考えをまくし立てる。
「おじさん、他にも変わったこと無いですか?」
「変わったこと?そう言えば今年はセミが鳴かなかったな」
(東京も同じだ)翔は思った。

「快晴、今日は鮎を食べないで帰ろう」
「うん」
「早めにホテルに入って地震について調べてみようよ」
「そうだね。他にも気づかないことがあるかも知れないね」
三人はあのミミズを避けるように車へと戻って行った。
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