富士山からの脱出
離ればなれ
部屋に荷物を置いてから直ぐに快晴が
「行こう!」
「千夏、みんなで行くぞ」
どこに行くかと言うと非常口や階段、非常灯の位置の確認である。
この家族の習慣で知らないところに泊るときときはいつも確認している。

「え~と、白地に案内だから非常口はあっちだ」
通路を進み左に曲がった所に緑地の非常口の案内があった。
「緑地だから非常口はここだね」快晴が言う。
非常口の看板には2種類ある。
白地は非常口の方向を示し、緑地は非常口の場所を示す。
これを知らないと永久に看板を追い続けてしまうことになるから注意が必要だ。

「さて、少し休んだら温泉に入ろう」
「僕はホテルの中を見てくるよ。やっぱりゲームセンターを探さないと落ち着かないからね」
「それじゃ、部屋で待ってるから何かあったら電話してくれ」



温泉から出てきて、部屋に用意された夕食を見て驚いた。
「快晴、凄くないか?」
「良いねぇ」
「この焼いて食べるお肉・・・霜降りだね」
「食べ損ねた鮎もあるぞ」
いち、に、さん・・・快晴が料理の数を数えている。
「全部で12品」
「福引の当選に感謝して食べよう」

翔は箱根園で買った地酒と料理を交互に味わいながら堪能していると、
快晴がハンドルを握る素振りをしながら、
「明日は富士スピードウェイに行けるよね」
「大丈夫だ。あそこは富士山に近いから見上げる感じになるな」
「競争する?」
「しない」翔がそっけなく答える。
「えぇ~」
「もう少し上達したら勝負してあげるよ」
レーシングカートのA級ライセンスを取ったばかりの快晴は勝負をしたいらしい。
翔はライセンスは持っていないが昔はカートドライバーでもある。
「カートを見てからだな。遅いカートだったら勝負にもならないしな」

快晴が勝負を諦め切れずに粘っているところでiPhoneから音が聞こえた。
「メールだ。さっきの山下さんからだ」
「何だって?」快晴が中トロを醤油に付けながら聞く。
「話の続きを聞きたいから何時なら大丈夫かだって」
「30分後ぐらいで良いんじゃない。僕だけで行ってくるよ」
「分かった、返信をしておくよ。待ち合わせはさっきのロビーだってさ」

翔は地酒を注ぎ足しながら明日の予定を考えていた。
(富士スピードウェイか、久しぶりだな)
既に快晴はロビーに行ったのでここにはいない。
「千夏、昔は二人で富士スピードウェイにも行ったな」
「あの頃はコース脇に車を止めて、車の屋根に座ってレースを見たね」
千夏も懐かしいようだ。

翔が次の言葉を言おうとした瞬間である。
地面から音が聞こえたような気がして、ホテルが揺れ始めた。
「揺れてる?」千夏が聞く。
考える間もなく揺れが大きくなった。
「ドアを開けてくる」翔がドアへと走った。
ドアを開けて戻ろうとした瞬間、揺れが更に大きくなった。
(変な揺れ方だ!縦揺れでも横揺れでも無い!)

「千夏、大丈夫か?」
「大丈夫!何この揺れ方?回ってる!」
テレビがゆらゆらして台から落ちそうである。
(只今大きな揺れを感じています。お客様は部屋から出ずに・・・)
館内放送が途中で途切れた。
「電気が消えた!」千夏が叫ぶ。
「動くな!」翔も叫ぶ。
翔は叫びながらもiPhoneで快晴を呼び出した。しかし応答は無い。
「千夏、快晴に電話を掛け続けろ。俺はメールとSkypeで呼び出す」

長い時間に感じたが、揺れは20秒程で収まった。
「大丈夫か?千夏」
「何とかね。快晴には通じた?」
「まだ、返事が来ない!!」
「電気が無いとテレビもつかないし」
「快晴が心配だ!iPhoneが壊れたのかも」
「部屋にメモを残して二人で1階まで探しに行こう」

iPhoneの明かりを頼りに書いたメモには、
・快晴を探しに1階に下りる。
・入れ違いになったら部屋から動かないこと。
・緊急時は車の前で待つ。
メモだけを残して、二人は階段を一歩づつ下りて行った。
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