富士山からの脱出
快晴の機転
翔と千夏はiPhoneの薄暗い明かりを頼りに階段を下りている。
「だめだ!暗くて歩けいない。これじゃ怪我する!」
廊下には薄っすらと非常灯の明かりがあるが、不思議に階段には明かりが無い。
「千夏、ちょっと止まって!iPhoneをもっと明るくしよう」
(確か快晴がダウンロードしたライト用のアプリがあった筈だ)
翔がiPhoneを操作しながらアプリを探していると、突然まわりが明るくなった。
「これじゃない?」千夏がライトを灯しながら言った。
「ちょっと待ってくれ!俺もアプリを探すから」
「あった!これだ!」翔もアプリを起動してライトを点灯する。
「おぉ~下の階まで明るく見えるよ」翔が感動する。

このアプリはフラッシュ用のライトを常に点灯して懐中電灯として使える。
写真撮影用のライトが点灯しているのだから明るい筈である。
「充電は大丈夫か?」
「半分以上はあるから今は大丈夫よ」
「充電用の乾電池もあるし、車で充電できるから気にせずに使おう」

懐中電灯のおかげで、二人は早歩きで階段を下りることが出来た。
4階まで来たところで人影が見えた。
「大丈夫ですか?」20代の女性二人が声を掛けてきた。
「大丈夫です。怪我人などはいませんか?」翔が答える。
「いません。一緒に行って良いですか?」
「良いですけど、何か問題でもあるのですか?」
「電気が消えたので怖くて」
「分かりました。前後のライトの間を歩いてください」

四人は直ぐに1階に着いたが・・・・顔色が変わった。
「・・・・」言葉にならない。
明かりを向けた方向は全て崩れている。
売店の棚は倒れ、天井の照明器具は床に落ちている。
「足元に気を付けて!」翔は大きな声で言った。
ホテルの部屋で倒れる物はテレビぐらいだがロビーは違った。
あらゆる物がどこにあった物なのか分からない状態になっていた。

「快晴!」翔と千夏が大きな声で叫んだ!
ロビーは窓が多いのでライトが無くても視認できる。
しかし、全てを把握出来る状態では無い。
「助けて!」快晴の声だ。
「快晴!声を出し続けろ!どこにいる!」翔が叫ぶ。
「ソファーの下!」

千夏が衝動的に駆け寄ろうとしたが翔が止めた。
床には砕けたガラスが散らばっている。
「焦るな」翔が千夏に言う。
「快晴、怪我はしているか?」
「大丈夫・・だと思う」
「今、助けに行くから動くなよ。安心して待ってろ!」
「分かった!」

翔は見える範囲で安全な場所を探したが在りそうに無かった。
(このまま進むしか無いか)
4階で出会った女性に「私は息子を助けに行くので、怪我人がいないか声を掛けてくれませんか?」
「分かりました」と頷く。
「快晴、今行くぞ!」

懐中電灯の明かりを床に照らしながら一歩づつ進む。
声が聞こえる場所の5メートルまで近づくと、ソファーがひっくり返っているのが見えた。
ソファーに懐中電灯の明かりを向けると、
「お父さん、ここだよ」
快晴の手だけが見えた。
「今、助けるから我慢しろよ」
ソファーの上には棚が倒れ込んでいる。
翔は棚を押しのけようとしたが、何も入っていないのに重い。
「快晴、自分で出られないか?」
「そこの椅子を移動してくれると出られるかも」

目の前にある椅子を移動したら快晴が這って出てきた。
「怪我は?」
「大丈夫」
「良かった!」
「千夏、玄関まで行って快晴に履くものを取ってくれないか?」
「ちょっと待ってて」
千夏が懐中電灯で足元を照らしながら玄関に向かう。
「これで良いかな?下駄だけど」千夏が下駄を持ち上げて聞く。
「それは最高だよ。俺のも持って来てくれ」
「ちょっと待って!」千夏が何かに気が付いたようだ。
「良いから急いでくれ!」

快晴がキョロキョロしている。
「快晴、何を探しているんだ?」
「山下さんだよ。地震のときに一緒にいたんだ!」
「どの辺にいたんだ」
「そのソファーのところ」
快晴が指差した先にもソファーがひっくり返っていた。
「山下さん、大丈夫ですか!」返事が無い。

翔はソファーに近づいて、懐中電灯でまわりを照らしてみる。
ソファーの横には大きな棚が倒れているが、上には何も無い。
「あれは!」
ソファーの右端から足が出ている。
翔は一歩づつ近づき、ソファーを持ち上げた。
(やはり山下さんだ)
「山下さん、矢橋です」
大きな怪我はしていないように見える。
「山下さん!」翔は顔を近づけて叫んでいる。
「う、うん」山下が反応した。
「矢橋です。大丈夫ですか?」
山下が目を開けた。
「動かないで!まずは、指先とつま先を小さく動かしてください」
「痛みは無いですか?」
軽く頷いた。
「次は両腕と両足に力を入れてみて。どうですか?」
状況が分からない怪我人を突然動かすのは危険なのだ。
「次は大きく息を吸ってから吐いてみてください」
「山下さん、大きな痛みが無ければ大丈夫ですよ」
山下はソファーに倒れてきた棚の重さで気を失ったのだ。しかし、棚は弾き飛ばされたのかソファーの横に転がっている。

山下が体を起こして「矢橋さん助かりました。ありがとうございます」
「快晴君は?」
「山下さ~ん、僕も大丈夫でしたよ」
「快晴君、ありがとう。君の判断に助けられたよ」
「快晴、何かあったのか?」

快晴が地震のときの様子を説明した。
「揺れが大きくなったから隠れようとしたけど、こんな小さなテーブルの下には入れないし」
「上のシャンデリアが回転して、今にも落ちてきそうだったから考えたんだ」
「ソファーを倒せばV字になるから隙間に入れるかなって」
(だから、二人共ソファーの下にいたんだ)
翔が感心しながら二人を見た。
(本当に良かった)

しかし、千夏だけは玄関から外を見ながら慌てている。
「みんな玄関を見て!」
「どうした?」
翔も玄関を通して見える芦ノ湖を見た。
(何でだ!)翔が呟く。
快晴が「電気ついてるよ?」
「だよな~」翔が続いた。
「外に出て見よう!」
足元に注意しながら四人で外に出た。
芦ノ湖には満天の星空と他のホテルの明かりが映し出されていた。
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