あの頃…
「きっと美化されてるんだろうなー」

現実はそこまで甘くない

ずれかけた本を持ち直しながら見上げる天井は、少し古めかしい

「あんな鬼でわかりにくい男のどこがいいのかしら」

あんな気が向いた時しか優しくなくて

いっつも落ち着いていて

真意が視えそうで見えなくて

「私より背が高いってことも何気に頭に来るのよね」

見上げないといけないなんて不覚もいいところだ

そんなこと言いながら落ちた自分が一番どうしようもない

そう思い当ったしるふは、むっと瞳を細めながら廊下を急ぐ

たどり着いた倉庫は黒崎病院の日の差し込む倉庫とは似ても似つかない

ひんやりとした空気と鼻をかすめる湿った紙の臭い

ああ、でも

「黒崎先生、何してるかな」

目に付いた棚の空いているところに持っていた本を置きながら

ふと懐かしくなるのは、それだけ落ちているということで

「ああ。逢いたいな」

消えていくつぶやきが一番素直な気持ちだとよくわかっていた
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