あの頃…
「かいとだー」

少し危うい呂律とのばされた語尾

ああ、やっぱり

ふと無意識に息が漏れる

「酔ってるな、しるふ」

「よってないよー」

言葉とともにあげられた視線

その眠そうなブラウンの瞳に、何度振り回されただろう

「酔ってるな」

「よってないもん」

一応会話が成立しているだけでもましだと思うべきだろうか

たとえ呂律が少々危なかったとしても

ここまで無事に帰ってきただけでましだと思うべきだろうか

「ねえ、かいと」

未だに力の緩まない腕に捕われながら、間近にあるブラウンの瞳を見下ろす

一度だって逆らえたことのないブラウンの瞳

無言は、続きの催促だ

「さっき店員さんにナンパされたの」

どう?やきもち焼く?

「焼かない」

焼く理由がわからない

酔っぱらいが何を言うかと思えば

何が哀しくて酔っぱらいの戯言を真面目に受け止めなきゃならないというのだろう
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