あの頃…
音もなく時計が時間を刻んでいく

リビングに続く廊下を、首にかけたタオルでぬれた髪をふいていると思わずあくびが出る

これでも睡眠に落ちるまでの時間は一瞬だと自負している

「そんなに体酷使してると長生きしないよ」

隣でいつも睡魔と闘いながらパソコンを叩いているしるふに言われたくはない

なんて思ったのはいつだったか

覚えていたいのに、大切なたくさんのことは過ぎていく時間の中に埋もれていく

時々ふと思い出して、ああ、そんなこともあったなと

大切に、見落とさないようにしなければならないなと強く思う

見落とそうと思えば簡単に見落としてしまえるものだから

「かーいと」

すでに照明を落とした廊下に響いた声に顔を上れば

ふと香るカモミールの香りと酔った時特有の少し遠慮のない衝撃

「お帰り」

飛び込んできた華奢な体を片腕で反射的に受け止める

「ただいまー、かいとー」

一瞬ののちに力が籠った細い腕

ああ、これは、

「早かったな」
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