弁護士先生と恋する事務員
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「はあ、食った食った、ウマかったな。」
「はい、特上は初めて食べました。すごいボリュームですね。」
「お前、よく全部食ったな。」
一気に食べ終わった後、お茶を飲みながら私たちは一息ついた。
ガラスの引き戸の向こうで、ウナギの絵が染め抜かれた濃紺ののれんがひらひらと風に揺れている。
ふう、と深い息をはくと、先生は少しの間ぼんやりとどこかを見つめていた。
(まただ… やっぱりさっきのはから元気だったんだ)
「あの、先生?」
私の声に、はっと我に帰る先生。
「…あ、なんだ?」
心ここにあらずといった様子に、またチクリと胸が痛む。
「何かあったのなら話してください。…私じゃ何もできないかもしれないけど…
でも話を聞くぐらいならできます。」
「あー…またお前に心配かけたか。なんか情けねえな。」
先生は顎に手をあてて苦笑した。
「情けなくなんかないです!先生だって落ち込んだり、悩んだりする事があって当たり前です。
男の人だからって無理して抱え込まないで、わ、私にグチでも何でもこぼしてくれたらいいんですよ。ほら、さっきパンダに話しかけてたみたいに…」
先生は私を見ると、クッと笑って「お前にはかなわねえなあ」
そう呟いた。
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「そんなたいそうなことじゃねえんだ。…まあ…」
先生はゆっくりと、言葉を選ぶように続けた。
「――いつでも自分の側にいると思ってた女が、知らねえうちに他の男のもんになってたっていう、ただそれだけだ。」
(―――えっ… それって、先生が失恋したって言う事!?)
いままで色んな女友達とわいわいやっている所は見てきたけれど
先生のちゃんとした恋愛話を聞くのは初めてだった。
しかも、この落ち込みようを見ると
その人の事、すごく好きだったんだ――
(そんな人が、いたんだ)
思った以上に、胸がズキンと痛んだ。
「今まで何やってたんだって、自分に腹たててるだけだ。なんでもっと早く、俺のもんにしておかなかったのか―――」
端正な横顔が、わずかに歪んだ。
「いい年した大の男が、情けねえ話だ。」
先生はそう言って、自嘲ぎみに笑った。