弁護士先生と恋する事務員

「そう、だったんですね…」


言い終えて気まずくなったのか

先生は頬づえをついて窓の外に顔を向けた。


最近すぐにぼんやりと黙り込んでしまう先生の瞳は、またどこか遠くを映している。

あの青空か、流れる雲か

それとも、もっと遠くのどこか…


(先生にこんな顔をさせる人って、どんな人なんだろう)


美人で、優しくて、先生と対等に話せるくらい賢くて。

誰が見ても“いい女”、きっとそういう人なんだろうな。


「…奪っちゃわないんですか?」


何気なく言った一言に、先生は驚いた顔をして私の方を見た。


「ああ?」

「あ、ほら、前に先生言ってたじゃないですか。“佐倉さん”がもし、人妻だったら『奪いとる』って。

その人は、彼氏から奪い取ろうと思わないんですか?」


先生は、複雑そうに眉を寄せて


「簡単に言うな。」


そう言って、私のほっぺをムニッとつまんだ。


わかってる。

先生は、誰かを悲しませてまで自分の幸せを求めようとはしないって。

だって、本当に優しい人だもの。


「ヤケ酒ならいつでも付き合いますから、言ってくださいね。」


「お前に慰められるほど落ちぶれてねえよ。」


先生は、今度は私の鼻をぎゅうっとつまんだ。

痛くてちょっぴり涙が滲んだ。



―――……私じゃダメですか



「本当ですよ、毎晩でも、お付き合いしますよ。先生が元気になるまで。」


そう言うと、先生は私から手を離してくしゃりと顔を歪めた。


「ナマイキ言うんじゃねえよ、小娘が。」


意地悪く睨みつけるような表情と裏腹な、すごく優しい目で私を見つめながら、先生はため息をついた。


開け放たれた窓からは、青果店のおじさんが店先でスイカを勧める声が聞こえてくる。



私じゃ、その人の代わりになれませんか、先生―――




特上のうな重を食べた私の舌には


山椒の痺れる味だけが残っていた。

 
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