弁護士先生と恋する事務員

 キレイになりたい




今日は風が強い。



風鈴をチリンチリンと鳴らしながら

蒸し暑い事務所の中に吹きこんでくる風が心地よくて

バテ気味の体が少しだけ元気を取り戻す。


夕方になっても暮れる気配のない夏空を目の端に映しながら

パソコンに向かい書類を作成していると、バンッと勢いよくドアが開いた。


「よっしゃ!今日の裁判、勝ったぞ。慰謝料300万の請求に対し450万。150万上乗せだ。」


スーツの上着をひるがえしながら、意気揚々と先生が言った。


おおー、と事務所内に拍手が湧きあがる。

何カ月もかかってやっと終わった難しい案件だったのだ。


「それから新規の依頼が二件。安城、どっちか好きな方選べ。」


先生が資料をばさりと安城先生のデスクに乗せた。


「柴田さん、この文章書き起こしてファイルに追加して。」

「了解ー。」

「詩織、お前はこの事故の詳細整理して。」

「わかりました。」


それぞれが先生から渡された資料に目を通す。


自分のデスクに戻った先生が椅子に腰を下ろす直前、

使いこまれ深い艶を帯びたレザーのバッグから着信音が響いた。


「はい剣淵。」


資料から目を離し、チラリと先生を盗み見る。

夕方かかってくる電話は、だいたいが今夜のお誘い。


「おう、お前か。今夜?あー、少し遅くなるけどいいか。わかった、じゃあ後で電話する。」


(やっぱり。)


電話を切った後机にスマートフォンを置くと、先生は椅子にどっかりと腰を下ろした。


「はあー…」


腕を振り上げ大きく伸びをする先生のもとへ、柴田さんがアイスコーヒーを運んでいった。


「はい、お疲れさまでした。最近先生、バリバリすごいですね。仕事の方も、コッチの方も。」


柴田さんはイタズラっぽく笑いながら小指を立てた。


「おお、バリバリ働くぞ!コッチは余計でしょ、柴田さん。」


先生は上を向いた柴田さんの小指を下向きに折り曲げると
わははと笑いながら肩をぐるぐると回した。


「なんか先生すごく元気ねー。夏バテ知らずって感じよね。」


自分のデスクに戻ってきた柴田さんが私に耳打ちする。


そう、あのウナギを一緒に食べた日から、先生は仕事に、(女?)遊びに俄然アクティブになったのだ。


(ウナギが効いたのかな?)


それとも……



私はまた、窓辺の光の中で笑っている先生を盗み見る。


(ムリ、してる?)


なんだか不安な気持ちを抱きながらも

私は先生から渡された新しい案件に取り組んだのだった。
 
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