白紙撤回(仮
大人しく座っていると市ヶ谷はローテーブルから紙袋を雑に退かして卵と醤油、うま味調味料をトンと置いた。

「山科君、卵アレルギーとかある?」

「……ねぇよ」

「じゃ、食えるね」

「……何?」

大体の予想はついたがとりあえず尋ねる。
御飯をよそいながら市ヶ谷は答えた。

「玉子かけ御飯」

「……やっぱりか」

「充分でしょ。山科君、卵溶いて?」

「わかった……ま、嫌いじゃないけど」

いいもんが食えるかと期待したがそんなことはなかった。
お椀に卵を割って調味料を振りかけ箸でかき混ぜる。
市ヶ谷がテーブルに湯気のたつ御飯を二つ置くと俺はそれぞれに溶いた卵をかけた。

「いい感じじゃね?醤油はお好みでな」

「ありがとう。お茶は?」

「冷たいのがいい」

俺達は玉子かけ御飯を掻き込み早々と朝食を終えた。
こうして外食じゃなく、人と一緒に玉子かけ御飯と言う庶民的なものを食べると何だか実家を思い出す。

「ごちそうさま。俺、皿洗うわ」

「ありがとう。じゃ、頼むね」

市ヶ谷が洗面所に向かうと俺は食器を片付けた。
キッチンの綺麗さからして、キッチンはあまり使っていないのだろう。

皿を洗い終えると身支度を整えた市ヶ谷が戻ってきた。
雑に退かしたさっきの紙袋を手にすると市ヶ谷は俺に差し出した。

「はい。山科君、これ持ってさっさと借金払っておいでね」

差し出された白い紙袋を安易に受け取れず俺は黙って市ヶ谷を見た。
そんな俺を市ヶ谷は怪訝そうに見る。

「……いらないの?」

「いるけど……ついて来てくれてもいいんじゃないかな…と」

「何で?」

「ちゃんと俺が返済したか確認してもらった方がいいかなって……」

俺が黙ると沈黙した。
俺がこの三百万を借金返済に使おうがどうしようが市ヶ谷にとってはきっとどうでもいいことなのだろう。
気詰まりな沈黙を破り、先に市ヶ谷が口を開いた。

「……何処までいくの?」

「ここから二駅先の有人店舗」

時計に目をやると市ヶ谷は短いため息をついた。
俺は黙って市ヶ谷の言葉を待つ。

「……仕方ないな」

「アザっす!市ヶ谷さん!」

「君、面倒臭いよ」

チラリと俺を睨むと市ヶ谷は封筒を持ったまま玄関に向かった。
俺は慌ててソファーから腰を上げ、市ヶ谷の後に続いた。
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