白紙撤回(仮
俺はトマトクリームのパスタ、市ヶ谷はホットサンドを注文した。
店員が市ヶ谷に軽い世間話を振ってきたあたり常連客として認知されているのだろう。

遅めの昼飯を終えて一服する。
煙草を一本吸い終わると市ヶ谷が思い出したように口にした。

「そう言えば君、スーツ、家に忘れて帰ったよね?」

「スーツ?」

言われて思い出したが、すっかり忘れていた。
俺が川に落ちた時にぐしゃぐしゃになったスーツだ。
あの日、市ヶ谷に服を借りてスーツの存在を忘れて帰った。

「……そうだよスーツ!次の日、会社行くときに気付いたんだ!」

「代えのスーツあったの?」

「冬のスーツで過ごした」

「はは、クリーニング出しといたから帰りに持って帰んなね」

「マジか……ありがとうございます市ヶ谷さん!借りた服は御返ししますんで」

「いらない。捨てといて?」

「いらんのかい!?」

突っ込むと市ヶ谷は薄く笑って煙草をくわえ火をつけた。

「つーかお前、何で俺の名前知ってた?」

「簡単だよ。君が風呂に入ってる間、君の財布の中の免許証を見せて貰ったからね」

「なんだ……それでか」

「素性の知らない奴を家にあげておくのは物騒だろ?」

納得いくような、いかないような答えに俺は曖昧に頷いた。

それにしてもよく、その物騒な奴を市ヶ谷は助けたものだ。
自分の為に俺を助けたと言っていたがどう言う事なんだろう。

気にはなったがその事について俺はあまり深く追求しない事にした。
聞いても市ヶ谷は誤魔化して答えはしないだろう。
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