白紙撤回(仮
客の疎らなラーメン屋で市ヶ谷はメニューを眺めながら口を開いた。

「そろそろ一ヶ月だよね?給料ほしい?」

「給料もそうだけど今週中に引っ越して来ても大丈夫か?」

「引っ越し?」

「工房の部屋、借りていいんだろ?」

「構わないけどちゃんとした所に住むべきだよ。そもそも引っ越す必要あるの?」

「勢いで大家に出てくって言ったから出てかないと……」

「バカだね。引っ越すにもお金がいるのに」

「お前に借金返すまでは部屋を借りて、返し終わったらちゃんとした所に引っ越すよ」

俺の答えに市ヶ谷は呆れているようだった。
俺だって考え無しで今の家から引っ越す訳じゃない。

「いや、だって家賃タダなら金に余裕が出来るし、早くお前にも借金返せるだろ!?」

「ま、別にいいけど」

説明したが市ヶ谷はさほど気にも止めず、店員を呼んで注文をした。
注文した品は店内が空いているからか、すぐにテーブルに運ばれてきた。
白い湯気が空中に溶けていくのを眺めて市ヶ谷は思い出したかのように俺に話を振った。

「山科君、借金早く返したいなら造形の型を取らせてよ?」

「は?何で俺だよ」

「断ろうと思ってた男のラブドールの制作依頼があるんだよね……やる?」

「絶対嫌だわ!」

即答で拒否すると市ヶ谷は冗談だと軽く受け流した。
そう言えば工房で男の人形を見たことがない。
男の人形は基本的に作っていないようだ。

「そう言えば男の人形は作らないんだな?」

「需要があまりないんだよ。僕としても創作意欲がわかないしね」

「あーなるほどね」

確かに女の滑らかな曲線の方が造りがいがありそうだ。
市ヶ谷は箸を置き、水滴のついたコップを手にした。カランと氷が揺れる。

「じゃあ、作ったことは?」

「依頼はずっと断ってる」

「ないのかよ」

突っ込むと市ヶ谷は曖昧に笑って水を飲んだ。
俺も半チャンセットを平らげ箸を置き、コップに残った水を飲みほした。


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