たなごころ―[Berry's版(改)]
 ふたりのやり取りは、既に笑実の耳には入っていなかった。打ちひしがれている笑実の頬に、知らず涙が伝う。3年間、自分が見つめてきた恋人は、どこへ行ってしまったのかと。不正を嫌い、真面目だった彼は、本当に、笑実だけが見てきた、幻想だったのかと。

 牽制しあうふたりには、聞こえてはいなかったのだろう。だが、笑実の耳はしっかりと捉えていた。絨毯の擦れる、僅かな音を。微かなそれを頼りに、笑実は身体を捻り振りかえる。
 笑実の眸が、唇の前に、人差し指を立てる箕浪を映した。笑実と視線を合わせるよう、腰を下ろす箕浪を。驚きのあまりに漏れそうになった声を、笑実は息と共に飲み込む。その態度に、箕浪は笑を浮かべ頷きを返した。右手で笑実の頭をくしゃりと撫でて。その手で、笑実の頬を包み込み、親指で彼女の頬を濡らす涙を拭って。一瞬、箕浪の眉が下がったように感じられたが。笑実が再度、それを確認することは出来なかった。直後に、箕浪が勢いよく、立ち上がったからだ。

 ゆっくりとした足取りで、箕浪は顔を突き合わせているふたりの元へと歩み寄る。背後まで、辿り着くと。室内に眩いほどのフラッシュが焚かれる。箕浪の手収まる使い捨てのカメラによるものだった。
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