たなごころ―[Berry's版(改)]
 ようよう、抵抗のなくなった笑実を。箕浪は抱き上げ、歩き出す。人目に付かぬよう、階段を使い。ここへ来たときと同様、笑実を車の助手席に座らせて。箕浪は車を走らせる。
 車内で、ふたりが言葉を交わすことはない。時折、箕浪が笑実の様子を伺うように視線を向けるが。笑実の眸は車窓から離れず、ふたりの視線が絡むことはない。

「明日は、わにぶちを休んでもいい。ただ、明後日は必ず来い」
「……もう、言い訳は終わりですか?」

 赤信号で、車が止まる。未だに、箕浪を見ようとしない笑実に。箕浪は手を伸ばそうとした。だが、直前で。箕浪は気持ちを押し留め、引き戻す。耐えるように、拳にした自身の手を強く握り。ゆっくりと息をひとつ、吐き出して。

「今、何を言っても信じられないだろう。俺の。笑実を想う気持ちは、本当だと言っても。笑実は疑う。だろう?」
「……そうですね」

 信号が、青に変わったのと同時に。再び車が走り出す。既に止まったと思っていた涙がまたひとつ。笑実の頬を流れていた。

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