たなごころ―[Berry's版(改)]
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 図書館のある建物を抜け、木陰に置かれているベンチに笑実は座っていた。背もたれに頭を預け、目の上に冷水で冷やしたハンカチを乗せて。
 今朝、目が覚めた笑実は、鏡を覗き愕然とする。昨日帰宅し、泣き腫らした顔をそのままに。笑実はベッドへ倒れこんだ。お陰様で、鏡に映る自分は酷い有様となっていたからだ。どうすること出来なく、そのままの状態で出勤はしたものの。驚く同僚から、その顔でカウンターにいられては困ると追い出されたのだ。
 仕方なくと、笑実は現在に至っている。今更冷やしたところで、どれほど状態が改善されるかは分からないが。あくまで、理由を尋ねてこずに、休む時間を与えてくれた同僚に感謝するばかりだった。温くなってきたハンカチを取り、笑実は木の葉から零れる光を眺める。

「猪俣さん」

 名前を呼ばれ、笑実は顔を上げる。疲れた表情の、ネクタイを緩めた犀藤が傍に立っていた。隣が空いているか尋ねられ、笑実は頷く。腰を下ろした犀藤は笑実へ顔を向け、苦笑を浮かべた。

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