たなごころ―[Berry's版(改)]
22.最後の挨拶
 温くなり、既に乾き始めているハンカチを。笑実は両手で弄んでいた。今、笑実の隣には、学が座っている。彼とゆっくり話すことが出来たなら、言いたいこと、聞きたいことが山ほどあったはずなのだが。何度も頭の中で思い描いていたような言葉が、肝心な今、スムーズに出てこなかった。何から、どこから切り出せばいいのか。手元のハンカチに視線を落としながら、笑実は言葉を必死で模索する。笑実の様子を感じ取ってのことだろうか。口火を切ったのは、学からであった。
 学が、前準備のように。大きなため息をひとつ零す。

「最後に、笑実と会えてよかった。話す時間が欲しいと思っていたから。昨日のまま、別れたくなかったんだ」
「え?最後?」

 漸く。折りたたんだハンカチから、笑実は学へ視線を向ける。昨日のように、冷たく怒りを孕んだ眸ではなく。穏やかな学のそれが、笑実を受け止めた。口角を僅かに上げ、学は頷く。

「自主退学の形を取ってもらえた。今月付けで。明日から、大学には来ないよ。もう」
「……そう、なのね」

 ふたりの間に、短い沈黙が訪れる。僅かな逡巡の後。笑実は学へ疑問をぶつけた。

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