たなごころ―[Berry's版(改)]
「……ねえ。どうしてなの、学」
「それは、どうしてあんなことをしたのかってこと?それとも……」

 答えではなく。与えられた学の質問に、笑実は窮する。彼が濁した言葉を、意図を、笑実も理解したからだ。しかし、覚悟はしていても。その先を笑実から言葉にするには抵抗があった。学も分かってはいるのだろう。笑実から視線を逸らし、組んだ自身の両手を見つめながら。言葉を続けた。

「怖かったんだ……。6年間大学で学んで、夢だった院に進学して。望んだ通りの道を歩いているはずだった。毎日研究漬けで、知識溢れる先輩や指導者にも恵まれて。自分の選んだ道は、間違いではなかったと思っていた。でも、ある日突然。急に不安になったんだ。本当に、俺はこのままでいいのか?ってね。院を卒業できたとしても、大学に残れる保証はない。助手になれる程優秀でもないことも気付き始めていた。だからといって、研究者として就職できる確証などどこにもない。下手をしたら、院で学んだことが不要になる場所へ、就職することになるかもしれない。いや、就職すらできないかもしれないと。真っ暗になったよ。自分の周りが、立っている場所が。そこのない泥沼に飲み込まれたみたいに」
「そんなっ。……どうして?それなら、どうして言ってくれなかったの?私たち恋人なのに」
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