たなごころ―[Berry's版(改)]
「そんなっ。……どうして?それなら、どうして言ってくれなかったの?私たち恋人なのに」
「……言えなかったよ。恋人だからこそ、余計に。学生で、年下で。ただでさえ、周りからも頼りない彼氏だと思われているのに。こんな情けにことも、弱い姿も見せられなかった」
「頼りないだなんて、そんな……」
「分かってるよ。笑実はそんな目で俺のことは見ていなかったって。でも、俺の。男の見栄の話なんだよ。愛している人だからこそ、見せたくない姿もあるんだ」

 笑実は唇を噛み締める。返す言葉がないからだ。学は自嘲気味な笑みを浮かべた。

「だから、逃げたんだろうな。笑実からも、現実からも」
「逃げた……?」
「気付いてたんだろう?俺が笑実以外女と会っていること」

 改めて、学が笑実へ視線を向けた。受け止めきれず、笑実は視線を逸らしたままに、小さく頷く。学が、肩の荷を降ろすように。大きく息を吐くのが、空気の動きで笑実にも伝わる。

「ちょっとした息抜きのつもりだった。僅かに空いた時間。最初は先輩に連れられていったバーだったんだ。その時、その一時の瞬間だけ。暖めて慰めてくれる。普段の俺のことなんて露ほども知らない人に、甘えることが楽だった。甘い蜜を一度でも味わうと、落ちてゆくのは簡単だな。人間」
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