たなごころ―[Berry's版(改)]
 小さな笑みを残し、箕浪の視線が再び紙面の世界へ移ったのを確認してから。喜多は何気なく聞いた。

「相変わらず、周囲の視線は気になるか?」

 沈黙がふたり包む。箕浪は、嫌悪感を隠すことなく。あからさまに表情を歪めた。それを、喜多は真正面から受け止める。箕浪が小さく溜め息を零した瞬間。室内にチャイム音が鳴り響いた。反射的に、箕浪は腰を上げる。この音は1階にある古本屋の店舗に客が来店したことを告げるためのものであったからだ。

「いってらっしゃい」

 一瞬で表情を緩め、笑顔で手を振る喜多を僅かに睨み。箕浪は2階を後にした。

 ※※※※※

 大学構内にあるカフェテリアに、彼はいた。どれ程の混雑であっても、すぐに見つけられる癖が付いてしまった相手。笑実が昨日、浮気現場を目撃した人物、孤林 学《こばやし まなぶ》が。学のノンフレームの眼鏡が、窓から差し込む光に反射し、笑実は思わず眸を細める。
 5年前、笑実はここで学と出会った。声を掛けてきたのは、学からであった。5歳年下の大学生。当時のことを思い出しかけ、笑実はそれを意識的にはじき出す。わざと足音を鳴らし、笑実は彼の傍へと歩み寄った。気付いた学が視線を投げる。向けられたのは、変わることのない笑顔。
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