たなごころ―[Berry's版(改)]
 シャワーの流れを止め、浴室から出ようとした箕浪の耳に。携帯電話の着信音が届く。バスタオルを適当に巻きつけ、水を滴らせながら。箕浪はプライベートルームのテーブルに置いたままの携帯電話を手に取った。表示されている名前を確認し、慌てて通話ボタンを押す。耳に当てるが、相手からの声は聞こえない。焦れたように、箕浪から名前を呼んだ。

「……猪俣笑実、どうした?」
「今日は、お店。お休みなんですか」
「笑実、今どこに居る?」

 笑実の返事を聞き、箕浪は急いで服を身に着ける。未だ、水で濡れた身体に、服が纏わりつき、悪戦しながらも。一応の人前に出られる程度の身なりを整え、箕浪は店舗へ続く階段を駆け下りた。真っ暗な店内を抜け、セキュリティーを解除してから。シャッターを開ける。
 一面が夕日に染まる中。箕浪の目の前には。唇を引き締め、睨むような視線を向ける笑実が立っていた。弾む息を落ち着かせながら、箕浪は問う。

「どうしてここに?」
「本の整理です。約束の日まで、もう幾日もないので、1日でも惜しいですから」

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