たなごころ―[Berry's版(改)]
 眸を逸らすことなく、小さく頷く笑実の姿に。箕浪は一度、安堵のため息を零してから。そっと、自身の額を笑実の頭に預けた。

「確かに、笑実と会う前より。俺は笑実の存在を知っていた。狐林学の調査を続けてゆく中で、知ったんだ。彼が、最近まで一番親しく付き合っていた女性だと、ね。でも、それだけだ。初めて笑実を見かけたあの日。あの雨の日、ずぶ濡れの笑実を見ても、全然気付かなかったんだ。店の前で、面倒な女が長時間立っている。そんな認識しかなかった。関わろうって言う気もなかった」
「……あの時の箕浪さんの態度は、酷いものでしたよ」

 事実を指摘され、箕浪は苦笑を浮かべるしかない。笑実の言葉を否定しようとする思いからではなく、箕浪は「でも」と言葉を続けた。

「でも、なんでだろう。目が離せなかったんだ。笑実の存在が気になって仕方なかった。人と関わることを避けてきたにも拘らずだ。やめろと言う自分の声を無視して、結局、俺は笑実に声を掛けてしまった。あの時、俺に向けられた笑実の眼差しと、叫びのような心からの言葉を聞いて。どこか俺の心に響くものがあったんだ。今、この女を放っておいちゃいけないって。絶対、後悔する確信が、どこかにあった――もしかしたら。あの瞬間にもう。俺の心は笑実に奪われてたのかもしれないな」
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