たなごころ―[Berry's版(改)]


 ――貴方の浮気現場に立ち会っていたわよ。
 喉元まで、その言葉が出掛かっていた。もし、この言葉を口にすれば、どうなるかは火を見るより明らかだ。長閑なこのカフェテリアは一気に修羅場化し、ふたりは注目の的になることだろう。一瞬、それでも構わないかもしれないと笑実は思った。決着を付けるのなら、早いほうがいいと。
 だが、学の表情を眺めるうちに、笑実の中で新しい思いが芽生え始める。
 嘘を突き通そうとする学。平然と、自分の前で屈託のない笑顔を浮かべる学。笑実が学の浮気を知っているとは思いもしていないだろう。そんな彼を信じ、20代の後半の貴重な時間を費やしてきた自分。
 テーブルの上に、何気なく出していた笑実の手が震える。それに気付き、笑実は自身の手を重ね握た。昨日、箕浪が手当てし、ガーゼの巻かれている手の上に。笑実の動きを視界の端で捕らえた学は、ふと目を留める

「笑実、どうした?その手」
「……ああ、ちょっとね。大丈夫、大げさに巻かれただけでたいした傷じゃないの」
「そうなんだ。見た目は随分痛々しいけど」

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