たなごころ―[Berry's版(改)]
 学の台詞に、思わず笑実の口元が綻ぶ。痛いのは、嘘がばれているとも気付かない、貴方の笑顔。そして、気付かないフリを続ける私自身だと。小さな笑みを零してから、笑実は気持ちを切り替える。

「昨日のことは気にしないで。今年は博士課程に進級したばかりのだもの。私のためだけに時間がさけないことは、お互い承知の上でしょう」
「笑実みたいに、優しい彼女をもって、俺は幸せ者だよ」
「頑張って」

 不意に、引き寄せられ。互いの唇が重なる。眸を閉じることを忘れ、ただ眺めた。いつもの変わらない、柔らかな笑みを浮かべる学を。
 名残惜しげに去ってゆく後姿を見つめながら、笑実は思う。
 ――ああ、これはまるで安っぽいドラマのようだ、と。もちろん、自分は主人公ではない。主人公はもちろん、昨日見た学の隣に並んだ綺麗な女性の方だ。自分は、そんな主人公たちの邪魔をする、勘違いな元カノ役。
 あまりにも的確な自分の考えに、笑実は居た堪れなくなる。震える両手で、歪んでゆく顔を覆い隠した。
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