たなごころ―[Berry's版(改)]
 怪しい。笑実の中にはその一言が頭の中をぐるぐると回っている。
 貴方に不幸が降りかからないよう、壷を預けましょう、もちろんお金などの代償はいりません――と言われ押し付けられたものの。後に多額の請求を受けてしまうような……そんな気分になった。タダより怖いものはこの世の中にないのだ。
 疑いの心を隠すことなく、笑実は喰いつく。

「もちろん、そういった注意事項は十分に気を付けます。でも、無料と言うのはちょっと……」
「そうですか?……うーん」

 やはり、早まったかもしれない、と。笑実は早々にこの場へ来たことを後悔し始めていた。
 先日、狐林学と会い感じてしまった『安っぽいドラマ』の様な今回の出来事。あれ以来、笑実は学と連絡を取っていなかった。相手から連絡が来ることもなく、ふたりの関係も放置状態だ。決着を着けることさえ、笑実にはひどく億劫に感じられて。だからこそ、笑実はこの一件を委ねることに決めたのだ。『安っぽいドラマ』に出てくるような、『探偵』に。
 笑みを崩すことなく、思案していた喜多が口を開いた。その言葉に、笑実の眉間には皺が生じる。

「猪俣さん、女性に失礼ですが。おいくつですか?」
「……30です」
「ご職業は?」
「大学内にある図書館で勤務してます」
「ご実家ですか?」
「……自活してますが。あの、どういった意図の質問ですか?」

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