たなごころ―[Berry's版(改)]
 レジのあるカウンター付近まで進むと、人の話し声が笑実の耳に届き始めた。姿は見えない。なぜなら。その声は、すりガラスの引き戸で仕切られた小上がりの部屋から聞こえてきたからだ。笑実は引き戸を数回ノックし、手を掛ける。

 開いた隙間から、一番最初に笑実の視界に飛び込んできたのは。リクライニングチェアーに座る箕浪の背中だった。そして、彼の奥には3面の大きなパソコン画面が。箕浪を囲むように設置されている。室内はコンクリートの打ちっぱなしの壁で囲まれ、床はダークグレーとホワイトの市松模様。壁際には、大きなクリアボードがあり、写真やコメントが多く見られた。今まで通って来た懐かしい雰囲気の店内のとは全く違う。非常に近代的な空間だ。
 あまりにも予想外であった風景に、笑実はただただ呆然と眺めていた。室内の空気の流れの変化を感じたのか。ヘッドフォンを付けた箕浪が、突然振り返る。ふたり視線が絡み合い、箕浪の眸が大きく見開かれる。相変わらず、前髪に邪魔された状態ではあったが、それでも十分に分かるほど。次の瞬間、笑実は首を竦めた。

「――勝手に開けるな、さっさと閉めろ!」
「はい!」

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