たなごころ―[Berry's版(改)]
「猪俣笑実は、本当に本が好きなんだな」
「そうですね。小さい頃は、じっとしていることが大の苦手で、外で遊ぶのが大好きだったんですけれど。高校生のときに怪我をして、長期間入院していたことがあったんです。その時、面白い本に出会って。それからは夢中です」
「ふうん」
「……ここの書架って高過ぎですよ」

 踏み台へ上っているにも関わらず。最上部へは背伸びをしてやっと届く程度の笑実の姿を見て、箕浪は頬を緩める。
 笑実の背後へ回り、彼女の右手から本を取り上げた。踏み台を一段あがって。箕浪の身体が、笑実の身体へ覆いかぶさるように重なる。ストンと、小気味良い音を立て書架へ収まった本を眺めてから、笑実は振り返る。思ったよりもずっと近くに、箕浪の眸があった。普段は姿勢の悪い猫背のせいで気付かなかったが。箕浪は意外と身長が高い。
 思わず。笑実は箕波の前髪を掻き分け、眸を覗き込み。息を呑んだ。

「箕浪さんの眸。綺麗な色ですね」

 色素の薄い、茶色の眸。鼻先が触れそうなほどの距離で、箕浪の顔が一瞬で赤く染まる。驚きのあまり、笑実が目を丸くした瞬間。箕浪が踏み台から足を踏み外し、大きな音と共に隣の書架へと頭を強かにぶつけた。慌てて、笑実は箕浪に駆け寄る。既に元に戻った暖簾のような前髪で、箕浪の眸が隠れてしまったことが。笑実には少し残念に思える。

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