たなごころ―[Berry's版(改)]
 現実世界に戻った今、それがどんなものだったか。箕浪は思い出せずいにいた。
 見慣れた前髪によって遮られた視界を動かし、箕浪は喜多の姿を捉える。書架と書架で出来た細い通路を歩む、彼の姿。
 細身のスーツで身を包む喜多を眺めながら。箕浪は落胆している自分に気付いた。何故かはわからない。自身の意思とは関係なく沈んでゆく気持ちに、箕浪は少なからず動揺していた。その思いが、僅かな表情の変化として現れていたのだろう。気付いた喜多が、箕浪に問う。カウンターまで歩みを進め、椅子に腰掛ける箕波を見下ろすかたちで。

「どうした?微妙な顔して。……もしかして。今日も猪俣さんは欠勤?」

 箕浪は、首を縦に振り答える。喜多は、思わず天井を仰ぐ。前髪を撫で付けながら。

「今日でもう4日目だろう。何か連絡は?」
「何もない」
「箕浪から連絡はしたのか?」
「……あいつの連絡先なんか、俺は知らない。それに、何かあれば、向こうから連絡してくるだろう」

 箕浪の答えに、喜多は思わず片眉をあげる。不自然に左右へ動く、箕波の眸。

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