たなごころ―[Berry's版(改)]
 しかしだ。笑実と交わした契約書は、『わにぶち』の2階にある事務所で保管しているのだ。共同経営者である箕浪にも、その契約書を見る資格は十分にあるだろう。笑実と連絡を取ろうと思えば。決して難しいことでも、誰かに咎められることでもないはずなのだが。

「気にならないのか?」

 喜多の問いに、箕浪は答えようとしない。だが、喜多にはなんとなくだが。分かる気がした。箕浪が、何故。笑実との連絡を取ろうとしないのか。その理由が。
 緩む口元を隠そうともせず、喜多は箕浪の顔を覗き込む。

「箕浪」
「なんだよ」

 箕浪の不機嫌で、鋭い視線を。喜多は楽しげに受け止める。

「お前、猪俣さんに惹かれているだろう」

 一瞬の間のあと。慌てて咳き込む箕浪を前にし、喜多は口元だけではなく、頬までが緩んでいることを自覚する。従兄弟に降り注ぐ、一筋の希望の光の予感。それが堪らなく嬉しいからだ。

「ふざけんな、あんな学のない。美人でもない。特別若くもない女。俺が惹かれるわけないだろう!」
「それにしては、随分心を許しているだろう。誰も、――俺以外は誰も入れなかったプライベートルームにまで入れて」
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