たなごころ―[Berry's版(改)]
「あれは、買出しへ行くよりも早く、食べるものが出来るって言うからであってなあ……」
「それに。前は居ないほうがいいって言ってたはずなのに。口ではどうこう言いながら、彼女の体調も気遣っている。本社へも素直に向かったし。俺に言われたからじゃないだろう?彼女の顔を立てるためだ、違うか?」

 しばらくの間。ふたりはお互いから視線を逸らすことなく。睨み合っていたのだが。舌を鳴らし、箕浪の方から視線を逸らす。乱暴に足音を立てながら、事務所へと続くドアを開け、階段を駆け上がろうとする箕浪の背中に。喜多は声を投げた。

「明日、例の依頼者と会う予定だからな。忘れずに時間を空けとけよ!」

 返事の代わりに。乱暴にドアが閉まる音が店内に響く。再び静寂の訪れた店内で、喜多は久しぶりに自身の心が弾んで行くのを楽しんでいた。

 ※※※※※※

「なんで、ここにいる?」

 箕浪は、不機嫌な顔を隠すことなく。目の前で腕を組み立っている人物に問う。箕浪が気分を害したのは。いつものように、カウンター内で楽しんでいた読書の時間を邪魔されたからだけではない。
 店内は、彼女が身にまとう甘い香りで溢れかえっていた。
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