たなごころ―[Berry's版(改)]
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 1メートル弱ほどあるであろう脚立。笑実はその天辺に腰をおろし、返却された本を書架へと戻す作業に没頭していた。時刻はもうすぐ17時。数日前までの笑実であれば、早々に職場を後にしていた頃だろう。だが、今の笑実が作業を終える気配は全くない。図書館が閉館を迎えるまで、あと2時間弱。館内にはまばらな人の姿が、未だにあった。
 ふと。自身の足元に人の気配を感じ。笑実はそちらへ視線を向ける。少しだけ高い位置にある笑実の顔を見上げる同僚が、そこには居た。先日、犀藤助教授と昼食を共にした同僚である。作業の手を止め、首を傾げる笑実に。同僚は口を開いた。

「笑実。本当に今日の遅番、代わってもらっていいの?」
「もちろん。久しぶりのデートって言っていたじゃない。早く行きなよ。楽しんできて」
「うん……ありがとう。でも、この間まで忙しいって言っていたのに。大丈夫なの?」
「それはもう、大丈夫。今度、早番代わってくれる約束でしょう?楽しみにしてるから」

 若干。申し訳なさそうな表情を浮かべていた同僚だったが。笑実が手にした本を扇ぎ、追い立てるような真似をすると。不精ながらも、次第に頬を緩めた。再び、笑実へ感謝の言葉を残し。同僚は足取り軽く、笑実の元を後にする。
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