たなごころ―[Berry's版(改)]
 古風なことに。毎月の家賃を、箕浪か喜多のどちらかがこの店まで持参しているらしいのだが。らしいと言うだけで、実際その場を目撃したことは。笑実は未だにない。

「いらっしゃい、猪俣さん。喜多なら2階に居ますよ」
「ありがとうございます」

 オーナーが指し示した2階へと、笑実は足を進める。言葉共に、会釈でお礼を返して。
 この店は、葉巻が吸えるよう環境の整えられた仕様になっている。所謂、シガーバーだ。十分の換気が行われているため、非喫煙者である笑実でも。店に滞在中、不快感や苦痛を感じることはない。むしろ、深く、重みのある渋い香りが漂う店内に。好感すら感じている。それは、オーナーの雰囲気も含めてだ。そしてもうひとつ。店員が作る料理が絶品だと言うことも、忘れてはならない要因である。

 階段を上がった笑実は。ソファーに深く腰を下ろし、書類に目を通している喜多の姿を認める。先ほど、図書館で見かけた風貌とは違い、普段の喜多に戻っていた。
 ロフト型になっている2階は、4人掛けのテーブル席が1つしかない。他の客の存在を気にすることなく会話をするならば、もってこいの場所でもあった。
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