死の迷宮から
【中編(上)】
コーデリアが、死んだ。その事実に戸惑いを隠せない。涙が溢れて止まらない。どうして、コーデリアが死んでしまったのだろう。どうして、コーデリアだったのだろう。コーデリアの追悼には、沢山の人が集まっていた。コーデリアをきっと、皆の人気者だったのだろう。皆が、コーデリアの死を悲しみ、涙を流していた。
「・・・コーデリア・・・・・・っ」
コーデリア、コーデリア。私は、ただ口を動かしてコーデリアの名を呼ぶことしか出来ない。そっと、頭を撫でられる。ライアンだった。
「・・・コーデリアは、誰に殺されたのかしら」
「君はコーデリアが殺されたと思うの?」
頷けば、僕も、と眉間にシワを寄せるライアン。ライアンも同じことを考えていたのだ。
「ねえ、ライアン。私・・・調べたいの。何故コーデリアが死んだのか。何故殺されたのか。何故コーデリアだったのか。手伝ってくれる・・・・・・?」
犯人を見つけてどうするのかは、わからない。でも、調べたいと、そう思った。
「その話、俺を入れないのはおかしいだろう?」
ふと聞こえた声に顔を上げれば、アシュトが弱々しく笑っていた。
「・・・でも、アシュト、」
「大丈夫」
私の言葉を掻き消すようにアシュトが呟く。今のアシュトはボロボロで精神的にも不安定。それでも知りたいという、優しいアシュトが少しでも安らげる場所に移動しようと、ライアンと相談し、ライアンの好きな花畑へと移動することになった。
しかし、その花畑に行こうと足を踏み出した瞬間―――足元が歪み、空気が冷たくなった。景色も、人も、何もかもが歪む。ああ、これは、なんて悪夢?そのまま、歪みに引きずり込まれ、私の意識は闇に落ちた。
***
―――メアリー。起きてメアリー。貴女の居場所は、此処じゃない。

「起きてっ、メアリー!」
「っ?!」
揺さぶられて、目を覚ます。そこには心配そうにこちらを見る―――コーデリアがいた。
「コー・・・デリア?」
「そうよ。どうしたの?いきなり倒れてるから焦ったじゃない」
「本当に、リアなの?」
"リア"という愛称でもう一度確認しても、「何言ってるのよ。頭打った?」と溜息混じりに言うコーデリアが確かに目の前にいた。これは、夢・・・なの?
「コーデリア・・・っ、貴女、体何ともないの・・・?」
「元気よ」
「本当・・・?」
頭に焼き付いた、コーデリアの真っ赤な死体が蘇った。あれが、夢だったのだろうか・・・。
「しつこいわね!私がいつ、ケガ、なんて・・・・・・―――」
少し怒ったように言うコーデリアが、ハッとしたように言葉を途切れさせる。コーデリアの顔色は真っ青で、ぽろ、と額から冷や汗が垂れた。

「そういえば、私―――どうしてこんなところにいるんだろう」

―――やはり、夢なんかじゃないのだ、あの光景は。コーデリアは、生きているはずないのだ。
「ね、ねえメアリー!私、なんで此処にいるの?!というか、此処は何処・・・?私っ、私・・・・・・誰かに刺されなかった・・・?」
「リア・・・・・・」
此処が、何処かはわからない。何故、コーデリアがここにいて、私が此処に来たのか、わからない。得たいの知れない恐怖が、私たちを襲う。
「コーデリア、よく聞いて。―――貴女は、今日、死体で見つかったの」
「え・・・・・・っ」
コーデリアの目が大きく開く。真っ青だった顔から、更に血の気が引いていく。
「・・・赤薔薇の、裏庭で、貴女は殺されていた・・・っ」
もし、このコーデリアが幻影だったら。殺されていたという事実を伝えれば消えてしまうかもしれない。私はコーデリアを思わず抱きしめた。コーデリアの体は、震えていた。
「いやっ、嫌よ。死にたくない」
「リア、大丈夫よ。落ち着いて・・・」
泣きじゃくるコーデリアの背を撫でる。大丈夫、大丈夫と囁きながら、私はコーデリアの背を撫でつづけた。
「・・・・・・もう、平気」
コーデリアは涙を拭い、立ち上がった。私もそれと一緒に立ち上がる。
「・・・とりあえず、私は、死んでる。それで、此処はよくわからない世界。メアリーが来たということは・・・多分、兄さんやライアンも何処かにいる。探しながら此処を見てみましょう」
「そ、そうね・・・・・・」
コーデリアは、真剣で、行動的で。何かを決意したように歩き出す姿は、今までのコーデリアからはまるで想像できない。私も慌ててコーデリアの後を追いかけた。


「あ・・・・・・このドア、開いてるわ」
そっとドアを押すと、暗い空間が広がっていた。コーデリアが近くにあった電気をつけると、泥棒にでも荒らされたような、室内だった。
「汚いわね・・・・・・あ、あれ・・・」
コーデリアが私の腕を引く。コーデリアは床から何かを拾うと、私に見せた。
「これって・・・私たちの」
―――アルバム。
「なんでこんなところに・・・」
アルバムの表紙には、"メアリー、ライアン、アシュト、コーデリア・0歳~12歳"と書かれていた。
「・・・おかしいわ。私たち、アルバムなんて作ってない・・・・・・」
「そんなわけでしょう。私たち、幼なじみ・・・・・・」
コーデリアが苦笑しながら呟いて・・・やがてハッとした。そう、このアルバムは明らかにおかしいのだ。私、アシュト、コーデリアは幼なじみ・・・でも。ライアンとは、スクールに来て出会った。0歳~12歳の間に、ライアンと会ったことはない。そっと、アルバムを開けば屈託ない笑顔を浮かべた、幼い私たちの写真があって。どうしようもない恐怖に襲われた私はアルバムを投げつけた。
「な、に・・・っ、これ・・・・・・!」
吐き気が、押し寄せる。呼吸が苦しい。私はその場にへたりこむ。そんな私とは違い、コーデリアは部屋の中を動き回る。そして、落ちていた手鏡を見つけて、自分の顔を映した。
「・・・顔が、違う」
「え・・・・・・?」
「メアリー、私の顔が違うと思わなかったの?」
コーデリアがこちらを見る。嘘、でしょう。コーデリアはこんな感じの、可愛らしい顔だったはず・・・・・・――"はず"?私は、どうしてそう言い切れないのだろう。何に不安が、あるのだろう。
「私の目―――赤と金のオッドアイだったでしょ?どうして、忘れちゃってるのよ、メアリー!」
オッドアイ・・・の、コーデリア・・・・・・そんなコーデリアを、私は知らない。
「おかしい、おかしいわ!ねえっ、私たち幼なじみよね?!何か、それの証拠が欲しい・・・!!子供の頃の思い出を・・・・・・思い、出・・・?」
コーデリアが私にしがみつきながら言う。
「ね、ねえ・・・っ、私たち・・・・・・いつ出会ったんだっけ」
「・・・・・・わから、ないわ」
幼なじみのはずなのに。小さい頃から知っているはずなのに。私は・・・小さい頃の事を何一つ思い出せない。
「ライアンとも、いつ友達になったんだろう・・・?!私たち、本当に幼なじみなの・・・・・・?」
コーデリアの言葉に、動揺を隠せない。だって・・・・・・私にも、わからないから。

『知りたいかい?お嬢さんたち』
後ろから聞こえた声に思わず後ずされば、そこには優しそうな少年がいた。コーデリアは更に私にしがみつき、顔を隠した。
『怖がらないで。大丈夫。僕は悪者じゃないさ。―――ああ、でも、君達にとっては悪者になっちゃうのかな』
「だれ、なの・・・あなたは・・・っ」
震える声を抑えながら必死に言えば、少年は私とコーデリアの前にしゃがんで目線を合わせる。
『僕は、君の―――メアリー・アーデルウェルの"意思"・・・"アリー"だよ』
少年の言っている意味がわからずに、少年を睨むと、彼は渇いた笑いを漏らす。
『つまりね―――これは総て、君の夢なんだよ』
「此処が・・・?やっぱり、夢なのね・・・・・・」
そうか、私は・・・自分の夢で、自分の意思に語りかけられているのか。ようやく、納得がいった気がする。私は、昔からおかしな夢を見ていたから・・・。
『此処だけじゃないさ』
アリーが、不敵に笑う。どういう意味、と問えば、『総てが、だよ』と彼は言う。

『コーデリアが死んだのも夢。ライアンが友達なのも、夢。アシュトやコーデリアが幼なじみなのも夢。君が・・・・・・平凡な少女なのも、夢だ』

それは、私の日常。つまらない授業を寝て過ごす、平凡な少女の私。大好きな塔。大好きな本。塔で過ごす、ライアンとの一時。可愛いコーデリアの話。優しいアシュトの手の平。4人で飲む、アフタヌーンティー。ぐるぐると、記憶が巡る。でも・・・・・・それの始まりは見つけられない。いつの間にか、突然始まった日常。そして突然崩れた日常。これは・・・総て。

『そう。これは―――君が作り出した、狂った夢に過ぎないんだ』
***
目が覚めると、ライアンは床に寝ていた。何故こんなところにいるのだろうと、辺りを見渡すと、すぐ近くにアシュトが倒れていた。
「アシュト!大丈夫?!」
「ん・・・・・・ライアン・・・か?」
アシュトはゆっくりと起き上がる。どうやらライアンと同じく気を失っていただけだったようだ。
「っ、そういえば、メアリーは?!」
「・・・僕が目を覚ました時には、いなかったよ」
アシュトは酷く焦ったように立ち上がり、歩き出す。ライアンは初めて見る、取り乱した様子のアシュトに、驚きながらも駆け寄る。
「此処が何処か知ってるの?知らないなら単独行動は危険だよ」
「・・・・・・此処の場所なんて知らない。でも・・・俺は、メアリーを見つけなくちゃいけないんだ・・・!」
ライアンに掴まれた腕を振り払い、アシュトは走り出した。あまりにも必死なアシュトの姿に、嫌な予感がしたライアンは、慌ててアシュトを追い掛けて走った。


そして、ライアンとアシュトはたった一つ、開いているドアを見つけた。アシュトがドアを開けようとしたとき、コーデリアの甲高い声が響いた。
「ライアンとも、いつ友達になったんだろう・・・?!私たち、本当に幼なじみなの・・・・・・?」

アシュトの手が止まる。ライアンの目が見開かれる。沈黙が、しばし流れた。
「・・・・・・なあ、ライアン」
「・・・何、かな」
アシュトがライアンに振り向く。ライアンは、複雑そうな顔でアシュトを見返した。
「俺達・・・・・・スクールで出会った、親友だよな・・・?」
ライアンは、そう問われて。そうだよ、と言い切ることが出来なかった。記憶が曖昧すぎて。真実が見えなくて。ここにいる自分が本当は違う誰かなんじゃないかと、自分を疑わずにはいられない。
「ぼ、くは・・・・・・そう信じてる。でも・・・不安、なんだ。君達に会った日の事が思い出せなくて」
いつ、彼らと出逢ったのか。何故、彼らと出逢ったのか。ライアンにはそれが思い出せなかった。・・・思い出してはいけない気がした。
「・・・・・・とりあえず僕らは、話し合うべきだ。四人で、話そう―――僕らが何者なのかを」
アシュトは、小さく頷いてから、ドアを押した。
***
突然、無機質な部屋に響いた音に、思わず肩を竦めると、私たちを見るアシュトとライアンと目が合った。よかった・・・二人に会えた。
『全員、揃ったようだね』
アリーがにこやかに言うと、二人の顔が険しくなる。私は相変わらずコーデリアを抱きしめながら、二人を見つめた。二人は私たちに駆け寄ってきて、護るように前に立った。コーデリアも、二人が現れたことに安心したようで、ほっと溜息を漏らした。そんな私たちを見て、アリーは満足したのか、背中を向けた。すると、いきなり私たちの後ろに真っ白な椅子が四つ用意されていた。アリーは、私たちに座って、と促す。

『さあ、この夢を終わらせよう。本来の居場所に―――本来の自分に戻るときが来たんだ』

怖いのに。私たちは、何故か椅子へと足が進む。嫌なのに。この世界が崩れるのは、嫌で嫌で仕方ないのに。意志とは反対に、私たちは全員、白い椅子に腰掛けた。
『目をつむって・・・・・・。頭を、空っぽにして―――眠るように』

そして、意識は薄くなる。

視界が闇に閉ざされる。



『―――おかえり、メアリー』
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