鐘つき聖堂の魔女
騒然とした広場を後にしてどれくらい経っただろうか。いつもなら静かなこの聖堂に佇んでいればざわついた気持ちが治まった。
けれど今日はどうにも時間が解決してくれそうにない。怯えた人々の目、ライルとジャンの驚いた顔が脳裏に焼き付いている。
いつもなら次に移り住む街を考えているところだが、今頭にあるのはライルのことだけ。家に戻ったらもしかしたらライルがいるかもしれない。そう思ったらなかなか重い腰が上がらなかった。
(何故この私が。この忌まわしい血を身に宿す私が、普通の人間であるライルと対等に立てると思ったのか)
淡く抱いた恋心も今となっては何故あんなに舞い上がっていたのかと自己嫌悪。急激に冷める気持ちにリーシャは膝を抱えて蹲る。
(どうしよう…もうこの街から出て行かないって言っちゃったし)
広場でロネガンに宣言した言葉に偽りはないが、少し啖呵がすぎたのかもしれない。
(その前にライルにちゃんと説明しなきゃ…)
魔女であることを隠していたことを謝罪して。それから…。
それから、このまま何もなかったようにまたライルと暮らせる?ライルにとって私と暮らし続けることは良いことだろうか。否、答えはあまりにも明白だった。
「リーシャ」
静かな聖堂に心地良い声が耳に届く。その声の主が誰のものなのかは明白だった。窺うように発せられた声にリーシャは少し肩を揺らし、覚悟を決めて膝に埋めていた顔を上げる。
ゆっくりと視線を持ち上げたその先には、聖堂から鐘つき場を繋ぐ梯子からこちらの様子を窺うライルがいた。
「そっちに行っていいかな」
いつもの笑顔に優しい声。リーシャは小さく頷き、姿勢を正した。石造りの床に座ったが、ライルを前にしたリーシャは冷たさも気にならないほど緊張していた。