鐘つき聖堂の魔女
「さて、リーシャの相手をするのは楽しいんだけど、もう宮殿に行く時間じゃないの?」
「ッ!」
問われるままに視線を時計の方に遣ったリーシャは声にならない声を上げる。
飲みかけのホットミルクを一気に飲み干し、ライルが作ってくれた弁当を籠に入れる。
「忘れ物はない?」
いつもの問いかけに、籠の中を再確認するリーシャ。
魔法で作った侍女服は入れたし、帝国から支給される国章入りの魔女服は昨日のうちから入れた。
お使いもののメモとお金は持ったし、あとはライルの弁当を入れるだけだと思ったら、タイミングよくリーシャの前に差し出された弁当。
「はい、お弁当」
「……ありがとう」
可愛らしい包みに入れられた弁当を両手で受け取ったリーシャは少し時間をおいてそう言った。
たどたどしいながらも少し歩み寄りを見せたリーシャにライルは微笑む。
「い、いってきます!」
上ずった声でそう言って勢いよく家を出て行ったリーシャ。
ライルは逃げるように出て行ったリーシャを苦笑しながら見送った。
「いってらっしゃい」
扉に向かって呟いた声は朝焼けの光に包まれた部屋に低く響いた。
リーシャに向けていた笑みは消え、藍色の瞳に元来の鋭さと冷たさが戻る。
ライルはリーシャが出て行った後の部屋で溜息を吐く。
(どうも調子が狂うな…)
リーシャの家に厄介になることになって一週間、ライルは穏やかに流れる日々に本来の目的を忘れそうになっていた。
こんな生活をする羽目になったのはドルネイへの不法入国に失敗したためだ。