黄昏に香る音色
「だけど…店は…」

啓介は、口籠もった。

「一年間、ずっといる訳じゃないだろ。もちろん、ここには帰ってくる」

阿部の言葉の後を、武田が続けた。

「お前らのバンド仲間に、やらしたらいい。どうせ…お前達がいないと、暇だろ。ギャラもでるし」

「そんなことより、啓介。お前の作戦をきかせろ。勝算がなく、お前がそんなことを言いだす訳がない」

阿部は、啓介にすり寄る。

真剣な三人を見て、啓介は覚悟を決めた。

もう、引かないことはわかっていた。

この三人は、啓介の父親のようなものだった。

初めて演奏を聴いたのも、

演奏をしたのも、

彼らとだった。


「10日後…ニューヨークの主要なライブハウスは、すべて押さえています。デカいところは無理でしたが…1週間、できる限りのライブをこなします。和美の弟として」

「売名行為だな」

武田が呟く。

啓介は頷く。


「音は?売り込む音がない」

「LikeLoveYouのアルバムがあります」

「悪くなかったが、それだけでは弱いぞ」

「しかし…今、アルバムを録る時間がない」

「ライブは?」

議論が白熱する。

白熱する議論を、きいていた明日香。

胸を、ぎゅっと抱き締めると、

意を決して、明日香は一歩前に出た。

「和美さんから…」

明日香は叫んだ。

「送られたテープがあります!和美さんの演奏が、入ったテープが!」

それは、

残された希望だった。
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